先日御亡くなりになられたジャイアンツの元監督、藤田元司氏が1996年に著された「藤田元司の情のリーダー学」を改題&改訂された本「『情』のリーダー論」を読破した。
厳しい中にも情が感じられた指揮官・藤田氏。そんな彼のリーダー論が、この本の中に集約されている。リーダーという観点からだけではなく、生き様という意味でも心に響く内容が多かった。中でも特に印象的だった部分を、3つ取り上げてみたい。
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① リーダーは自分でなるものでは無く、人が押し上げてくれるもの
「もし自分にリーダーとしての資質が無いと思っていても、他人が押し上げてくれる場合には、引き受けてやってみたら良い。周囲から言われてその座に就き、初めの内は自分の意識と周囲の意識のギャップを感じながら仕事をしている人も、沢山居るだろう。しかしいざやってみると、意外な事に出来てしまう。」
「自分から伸し上がって、或いは他人を押し退けてリーダーになった人というのは、往々にして失敗する場合が多い様に思う。『俺がやればそんなもの。』等と言う人程、どういう訳か駄目なものだ。それはきっと、『俺がやれば』という自信が過剰なものとなって、独善に陥るからかもしれない。だから他人の意見に耳を貸さなくなってしまう。自分で伸し上がってリーダーとなった以上、自分の判断が常にベストのもので在る必要が在るからだ。ところが余程の天才でない限り、人間にはそんな事は不可能だ。だから失敗する。」
「周囲から押し上げられた人は、自分で半信半疑な所が在る。だから、自分は何時も何か足りないのではないか、と思っている。そういう心、つまり向上心を持っているから、謙虚で在り、吸収力が強い。そしてもう一つ、覚悟の問題という事も在るだろう。『どうしても。』と請われてなった場合には、『自分はなりたくてなった訳じゃない。矢でも鉄砲でも持って来い、何時でも辞めてやらあ。』という開き直りが、心の何処かに在る。だから、思い切った事が出来る。攻めの姿勢を維持する事が出来るのだ。」
② 周囲から異分子扱いされている部下程、目をかけてやれ
「例え異分子と呼ばれようと、プロ野球の球団にしろ、何処かの企業にしろ、或る種の選抜試験を潜り抜けて来たのだから、それなりに組織から望まれる人物で在る事は間違いない。しかし困った事に、集団の中では必ず浮き上がってしまう。」
「私はこんな(異分子と呼ばれる)若者にこそ目をかけてやらねばならないのだと思ってやって来た。”良い子”は放っておいても育つが、”落ちこぼれ”を放っておくとどんどん落ちて行く。どんな人間にも個性が在り、その個性を伸ばしてやる事が教育なら、落ちこぼれの個性も尊重してやらなければならないのだ。」
「肝心なのは、どんな職業でもプロとしての意識を植え付ける事が必要だろう。真のプロフェッショナルとは、或る部分で百以上の力を持っていれば、後はゼロでも良いと、私は思っている。百以上の力を更に伸ばして行ってやれば、ゼロだった面も次第にゼロでは無くなって来るものなのだ。」
③ ガンガン叱る時は、「御前程の奴が」と一言添えてやれ
「『怒る』と『叱る』は違う。人が怒る時には憎しみの感情が入る。これでは、恨みに繋がり、部下から反発を受け、却って欠点ばかりが増幅させる。愛情を持った叱り方をすれば、部下はその意図をきちんとキャッチ出来るものだ。」
「叱る時に先ず注意しておく事は、あくまでも相手の間違った行為を叱る事で、決して人格や人間性を否定する様な叱り方をしてはいけないという事だ。これは良くない。叱られた方に残るのは敵意だけだろう。」
「相手が同じ失敗を繰り返した時等は、これはガンガン叱る必要が在る。そんな時には、『同じ失敗を繰り返す馬鹿は居ないぞ!』と激しく言いながら、何処かで『御前程の奴が』という言葉を挟んでおくと良い。御前程の奴が何でこんな事をしたんだ、という言い方で、相手は随分救われるので在る。つまり、自分の事をきちんと認めてくれている上で、叱っているという事が判るからだ。そうなると、叱る言葉に素直に耳を傾け、反省する様になる。」
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異分子云々の件は、仁志選手と抜き差しならぬ関係に在る(と言われている)原監督に、是非とも読んで肝に銘じて貰いたい所。
それと、藤田氏は「選手、コーチ、監督」の経験を経て来た訳だが、選手時代はコーチを、コーチ時代は監督を楽な仕事だなあと思っていたとの事。しかし、全てを務め上げてみると、その大変さは「選手<コーチ<監督」という感じで、一番楽だったのは選手時代だったという話には意外さを覚えた。個人的には、「コーチ<監督<選手」という感じで捉えていたからだ。
厳しい中にも情が感じられた指揮官・藤田氏。そんな彼のリーダー論が、この本の中に集約されている。リーダーという観点からだけではなく、生き様という意味でも心に響く内容が多かった。中でも特に印象的だった部分を、3つ取り上げてみたい。
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① リーダーは自分でなるものでは無く、人が押し上げてくれるもの
「もし自分にリーダーとしての資質が無いと思っていても、他人が押し上げてくれる場合には、引き受けてやってみたら良い。周囲から言われてその座に就き、初めの内は自分の意識と周囲の意識のギャップを感じながら仕事をしている人も、沢山居るだろう。しかしいざやってみると、意外な事に出来てしまう。」
「自分から伸し上がって、或いは他人を押し退けてリーダーになった人というのは、往々にして失敗する場合が多い様に思う。『俺がやればそんなもの。』等と言う人程、どういう訳か駄目なものだ。それはきっと、『俺がやれば』という自信が過剰なものとなって、独善に陥るからかもしれない。だから他人の意見に耳を貸さなくなってしまう。自分で伸し上がってリーダーとなった以上、自分の判断が常にベストのもので在る必要が在るからだ。ところが余程の天才でない限り、人間にはそんな事は不可能だ。だから失敗する。」
「周囲から押し上げられた人は、自分で半信半疑な所が在る。だから、自分は何時も何か足りないのではないか、と思っている。そういう心、つまり向上心を持っているから、謙虚で在り、吸収力が強い。そしてもう一つ、覚悟の問題という事も在るだろう。『どうしても。』と請われてなった場合には、『自分はなりたくてなった訳じゃない。矢でも鉄砲でも持って来い、何時でも辞めてやらあ。』という開き直りが、心の何処かに在る。だから、思い切った事が出来る。攻めの姿勢を維持する事が出来るのだ。」
② 周囲から異分子扱いされている部下程、目をかけてやれ
「例え異分子と呼ばれようと、プロ野球の球団にしろ、何処かの企業にしろ、或る種の選抜試験を潜り抜けて来たのだから、それなりに組織から望まれる人物で在る事は間違いない。しかし困った事に、集団の中では必ず浮き上がってしまう。」
「私はこんな(異分子と呼ばれる)若者にこそ目をかけてやらねばならないのだと思ってやって来た。”良い子”は放っておいても育つが、”落ちこぼれ”を放っておくとどんどん落ちて行く。どんな人間にも個性が在り、その個性を伸ばしてやる事が教育なら、落ちこぼれの個性も尊重してやらなければならないのだ。」
「肝心なのは、どんな職業でもプロとしての意識を植え付ける事が必要だろう。真のプロフェッショナルとは、或る部分で百以上の力を持っていれば、後はゼロでも良いと、私は思っている。百以上の力を更に伸ばして行ってやれば、ゼロだった面も次第にゼロでは無くなって来るものなのだ。」
③ ガンガン叱る時は、「御前程の奴が」と一言添えてやれ
「『怒る』と『叱る』は違う。人が怒る時には憎しみの感情が入る。これでは、恨みに繋がり、部下から反発を受け、却って欠点ばかりが増幅させる。愛情を持った叱り方をすれば、部下はその意図をきちんとキャッチ出来るものだ。」
「叱る時に先ず注意しておく事は、あくまでも相手の間違った行為を叱る事で、決して人格や人間性を否定する様な叱り方をしてはいけないという事だ。これは良くない。叱られた方に残るのは敵意だけだろう。」
「相手が同じ失敗を繰り返した時等は、これはガンガン叱る必要が在る。そんな時には、『同じ失敗を繰り返す馬鹿は居ないぞ!』と激しく言いながら、何処かで『御前程の奴が』という言葉を挟んでおくと良い。御前程の奴が何でこんな事をしたんだ、という言い方で、相手は随分救われるので在る。つまり、自分の事をきちんと認めてくれている上で、叱っているという事が判るからだ。そうなると、叱る言葉に素直に耳を傾け、反省する様になる。」
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異分子云々の件は、仁志選手と抜き差しならぬ関係に在る(と言われている)原監督に、是非とも読んで肝に銘じて貰いたい所。
それと、藤田氏は「選手、コーチ、監督」の経験を経て来た訳だが、選手時代はコーチを、コーチ時代は監督を楽な仕事だなあと思っていたとの事。しかし、全てを務め上げてみると、その大変さは「選手<コーチ<監督」という感じで、一番楽だったのは選手時代だったという話には意外さを覚えた。個人的には、「コーチ<監督<選手」という感じで捉えていたからだ。
この本は本当に素晴らしいです。
人の上に立つ仕事をする人に
ぜひ読んでいただきたい。
リーダーのためのエッセンスが詰まっています。
原監督にもぜひ読んでいただきたいですね。
以前から、藤田氏がリーダー論を著されていたのは存じ上げており興味は在りました。でも、具体的な書名も知らないまま、ずっと時を重ねていました。
先日、藤田氏が御亡くなりになられた事で、改めて著書を読んでみたいという思いが高まり、その思いを”後押し”して下さったのがoumo様の書き込みでした。本当に有難うございました。
リーダーとしての苦悩が垣間見られ、又、どう生きるべきかという指標を与えてれる様なこの本は、一読の価値が在ると思います。
原監督には結構辛辣な事を書いて来ましたが、現状ジャイアンツの指揮官としてはベストとは言い切れないものの、ベターな人物で在ると思っています。彼には藤田氏の様な立派な指揮官になって貰いたい。その為にも、私心を捨て、身内の口出しを一切排除して、精進して欲しいと心から期待しております。
まだまだプログの世界はわからないコトだらけなんで・・・コメント頂いてても、嬉しいやら照れ臭いやら、です(笑)
「リーダー」って、やはり「人から選ばれるモノ」でしょうネ。そういう意味では、亡くなられた藤田サンは「現場の選手から選ばれた監督」だと思います。
しかし、彼の言葉には感銘するモノが多いですネ。
「人格を否定する叱り方はしない」
「『お前程の奴が』という言葉を挟んでおく」
なんか「流石はジャイアンツの名将!」とシミジミ思います。
さて・・・そろそろペナントレースの話題も出てくる季節ですネ。
新生ジャイアンツに、V2を狙うタイガース、王座奪回を狙うドラゴンズ、と・・・。
どうも、ここ数年、プロ野球の世界は「場外乱闘」的な話題が先行してきた訳ですが、今年こそは「野球そのもの」で観戦したいモノです。
補強の仕方が補強になればいいのですが、
ジャイアンツの場合は補弱になってしまうので・・・
選手が気持ちよくプレーできる環境を原監督に作っていただきたいです。
仁志選手の件では、giants-55さんの鋭い指摘に原ファンとして心が少し痛いです。
従来のジャイアンツの補強は、取り敢えず他チームから長距離砲を獲ってくれば何とかなるだろうといった、極めて安直且つ無節操なものでした。だからこそ仰る様に補強ではなく補弱になってしまい、挙句に他チームのファンの怒りを買う事になっていたと思います。その意味で言えば、今オフの補強は従来に比べると補強足り得ていたと思うのですが、本音を言えば生え抜きを時間をかけてでも鍛え上げて強いチームにして欲しかったという部分は在ります。
原ファンのoumo様にはかなり失礼な事ばかり書いている自ブログですが、そうは言っても昨年後任監督候補として名前が挙がったジャイアンツOBのK・N氏やS・E氏等よりは原氏を数倍も買っていますし、況やジャイアンツOBではないS・H氏なんかが監督になったら、ジャイアンツ・ファンを辞めるつもりでいましたので(御理解戴けているとは思いますが、ジャイアンツOBじゃないといけないとは全く思っていません。S・H氏が大嫌いなだけです(笑)。)、原氏が監督に就任したのは良かったと思っています。
それに、完璧な人間等居ません。原監督には藤田氏の様な名将に近付いて貰いたいが故に、欠点を少しづつでも改善して欲しいと切に願っている次第です(^o^)。
ここ数年は憂鬱なシーズンを過ごしていたので
今年は発泡酒を片手にうまいつまみをを是非いただきたいと思っています。
ジャイアンツが良い方向に進みますように
同じジャイアンツ・ファンという事で嬉しいです。(ジャイアンツ・ファンで、尚且つ御名前が「徳さん」との事でしたので、一瞬他チーム・ファンからかなり顰蹙を買っている”あの方”かと思ってしまいました。)
ここ数年、ドンヨリとした試合ばかり見せられていましたが、今季は”動きの在る”試合が見られているのでホッとしております。
「時にはスター否定も辞さない、組織的な野球」というのは、正にその通りですね。チームが低迷するにつれ、チーム内から監督の責任を問う声がチラホラ出ていた堀内監督時代。確かに采配的に疑問を感じる点は多々在りましたが、最終的にプレーをしているのは選手で在り、その責任を放棄して他者に転嫁する様な所はどうかと感じていました。その意味で、厳しい姿勢を明確に打ち出している原監督には拍手を送りたいです。
原監督を名監督になれる器の人物と確信しているだけに、後は厳しさとは別の”私心”をどれだけ捨てられるかに掛かっていると思います。小坂選手&仁志選手、共に素晴らしい選手ですので、常にベストの選択を原監督がしてくれる事を心から望みます。
これからも宜しく御願い致します。