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「奥田英朗は、全部読んでる。」という人にも、実は未だ読んでいない作品が在る!かも。単行本初収録の短編を始め、現在入手困難となっているアンソロジーの短編、唯一のショートショート、数少ない貴重な対談等を収録。コアなファンから一寸気になった人迄、レアな奥田英朗を楽しめるスペシャル作品集!
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奥田英朗氏の「ヴァラエティ」は6つの短編小説、2つの対談(対談相手は、奥田氏が好きなイッセー尾形氏と山田太一氏。)、そして奥田氏が唯一著したという1つのショートショートから構成されている。
山田太一氏は自分も大好きな脚本家の1人なので、文面から伝わって来る“奥田氏の嬉しくて堪らないという雰囲気”は凄く理解出来る。“何気無い日々を生きる市井の人々”を描くのが上手い山田作品は、“波瀾万丈な展開”が好まれる昨今のドラマ界に於て、企画が通り難いのだとか。誰もが波瀾万丈な人生を送っている訳では無いし、「そういうのって判るなあ。」等と感情移入し易い“山田作品的ドラマ”が日陰の身になっているのは、実に残念な事だ。
奥田氏と山田氏の対談の中で、とても印象に残った所を抜粋する。
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奥田:世の中は今まったく逆ですよね。80年代以降に、例えば運動会で順位をつけないとかして、だれもが主役であると教え始めた。みんな、自分の人生はもっと有意義でなくてはならないとか、自分を過大評価しちゃってるんですね。
山田:その種の積極性は生きていくために必要ですから、僕にも歪んだ形であると思います。しかし、いくら自分が主役と思おうとしても、現実には、顔の造作からどの家に生まれたかまで、世の中不平等だらけですものね。
奥田:妙な平等意識の果てに自分探しへと行き着くんじゃないでしょうか。以前どこかで山田さんが「その資格のない人間まで生きがいなどと言い出す。」という大変厳しいことを書いてらした。一文だけ抜粋すると薄情に響きますが、つまり生きがいなんてものが人間を苦しめている、そんなところがあるのではないかということですよね。
山田:過剰に生きがいを求めることに疑問を感じるんです。水害が一度あればとたんに何年も続くダメージを食らうように、文明社会はある面で実に無力です。精子卵子の段階から、人として生まれて、次々に降りかかる難問を切り抜け切り抜けして30代40代になっていくのはそれだけですごいことなのに、なおかつ生きがいだなんて言う。
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小学1年の頃だったか、周りの同級生が次々と自転車から補助輪を外して乗って行く中、自分は怖くて怖くて、補助輪が外せなかった。或る日、数歳年上の従兄弟が遊びに来て、補助輪無しの自転車に乗る“特訓”をしてくれた。色々と骨を教えてくれるのだが、怖さが勝って、どうしても乗れない。其処で従兄弟は「坂道で乗ってみよう。坂道を自転車で下りて行けば、漕がなくても自然に自転車は動くし、補助輪無しで乗る感覚が理解出来る。後ろでずっと荷台を押さえているから、安心しろ。」と言う。彼を信じ、恐る恐る自転車に乗り、ゆるゆると坂道を下りて行くと、補助輪無しで乗る感覚が理解出来る様に。で、坂道を3分の2程下りた頃、「乗れそう!」と後ろを振り向くと、従兄弟は遥か後ろでニヤニヤと笑い乍ら、「ほら、乗れただろ。」と。彼は最初から、荷台を押さえてなんかいなかったのだ。一瞬怖さが蘇るも、後は2人で笑ってしまった。
「夏のアルバム」という作品を読んでいて、そんな記憶が蘇った。補助輪無しの自転車に乗れない小学2年の男の子登場するからだ。此の作品は、「1959年生まれの奥田氏が7歳の時、伯母さんが若くして亡くなったという実話をモチーフにしている。」と言う。となると、昭和41年の時代を描いている事になるが、描写に懐かしさを感じる。若くして母親を亡くす事になった2人の姉妹の気丈さが、最後の最後で“崩れる”所を含め、グッと来る作品だ。「自分で言うのもなんですが、わたしの短編では五指に入る出来だと思います。」と後書きで奥田氏自身が記しているけれど、本当に良い作品。
総合評価は、星3.5個とする。
で、早速近くの書店の在庫を確かめたら無し。
ネットで手配し書店で受け取ることにしました。
対談を除いた作品で言えば、「ショートショートは駄作。『おれは社長だ!』と『毎度おおきに』はニヤッと笑ってしまう作風。『セブンティーン』と『夏のアルバム』は琴線に触れる作品。残りは、まあまあ及第点という感じでした。
以前、小説家の内田康夫氏が、「自分は作品を書き始める段階で、具体的なプロットを全く組み立てていない。」といった趣旨の事を書かれていて、「自分が物を書くとしたら、全く考えられない。凄いなあ。」と感心したのですが、対談を読むと山田太一氏も奥田英朗氏も同様のタイプの様。「書いている内に、登場人物達が勝手に“動き出してくれる”。」様で、流石能力の在る方は違う。