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飛行機の中から富士山を写した許りに、思いも掛けぬ事件に巻き込まれたカメラマンの田代利介(たしろ りすけ)は、撮影旅行先の木崎湖や青木湖で不気味な水音を聞き、不審な波紋を目撃する。
行く先々に現れる小太りの男と謎の木箱を追う田代の周辺で、次々に起こる殺人事件は、保守党の有力幹部・山川亮平(やまかわ りょうへい)の失踪事件と関連を持ち始め、偶然と必然の織り成す経過の内に、醜悪で巨大な其の全貌を現わし始める・・・。
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多くの名作を生み出した松本清張氏だが、映像化された作品は幾つか見ているものの、実際に読んだ作品は「小説帝銀事件」だけだったりする。「点と線」や「ゼロの焦点」、「砂の器」といった余りにも有名な作品ですら未読なのだから、ミステリー・ファンとしては恥ずかしい限り。
「清張作品を読んでみようかな。」と思い立ち、手に取ったのが「影の地帯」という小説。梗概を冒頭に記したが、カメラマンとしての仕事を終え、東京に戻る途中の機内で、田代は2人の人物と“偶然”接する事になる。綺麗な女性と人目を避ける様な小太りの中年男がそうで、隣り合って座る2人の関係性が良く判らない。で、東京に戻って以降、田代の前に此の2人がチョロチョロ現れ、彼等と関係が在りそうな人物が、次々に不審な死を遂げるというのが、大まかなストーリー。
此の小説が地方紙に連載されていたのは、1959年から1960年に掛けて。今から55~56年前の事だ。携帯電話なんて当然無かったし、固定電話ですら誰もが持っていた時代では無かった事が、文章から読み取れる。田代が運送店や駅で、“着止め”で送られた“他人”の荷物に付いて、担当者に送り主の名前や住所、中身等を尋ねる場面が在るのだが、担当者は皆、田代の素性を確認する事も無く、“個人情報”を“普通に”明らかにしている。今の時代なら、絶対に在り得ない設定だろう。
そういった状況面での古さは在るものの、作品としての古さは全く感じられない。ミステリアスな展開にどんどん引き込まれてしまったし、流石、松本清張氏だ。
ストーリーの肝となる“或る設定”、実は自分も同じ様な事を大昔に考えた事が在る。「此れならば、完全犯罪が達成出来るのでは?」と思ったものの、余りにも大掛かりな話なので、「現実的には難しいだろうな。」と思ったりもした代物。勿論、清張氏の方が遥か昔に思い付いて記し、其れを自分が知らなかっただけなのだが。
非常に引き込まれる内容だっただけに、最後の展開には少々がっかりさせられた。御都合主義的で、安っぽいドラマの様な終わり方だったから。
総合評価は、星3.5個とする。