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彼の災厄から10年余り、男は其の地を彷徨い続けた。「元の生活に戻りたい。」と人が言う時の“元”とは、何時の時点か?40歳の植木職人・坂井祐治(さかい ゆうじ)は、災厄の2年後に妻を病気で喪い、仕事道具も攫われ、苦しい日々を過ごす。地元の友人も、燻ぶった境遇には変わり無い。誰もが何かを失い、元の生活には決して戻らない。
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第168回(2022年下半期)芥川賞を受賞した小説「荒地の家族」(著者:佐藤厚志氏)は、「2011年3月11日に発生した『東日本大震災』の被災者達の“今”。」を描いている。彼の大震災で亡くなられた多くの人々に“今”は存在し得ないけれど、「今が存在しない。」という意味では、取り返しの付かない影響を与えられたと言って良い。又、大事な人や物を失った人々にとっては、“癒える事の無い今”を生きているに違い無い。
著者の佐藤厚志氏は宮城県仙台市に生まれ、現在は仙台市に在住していると言う。恐らくは彼自身も被災者、又は身内が被災者という立場だろう。だからこそ、「荒地の家族」に登場する被災者の姿には、“表面的では無い悲しみや苦しみ”が感じられる。表面的では無い悲しみや苦しみが描かれているからこそ、人によっては「読んでいて、辛いだけの作品。」としか感じられないかも知れない。
大震災から10年余りが経っても、深い悲しみや苦しみの中、必死で生きている者。又、悲しみや苦しみに耐えられ無くなり、自ら命を絶つ者。此の作品に登場する人々は色々だが、後者の場合は「直接的では無いけれど、間接的には“大震災による死者”。」と言えるだろう。
読んでいて、辛い気持ちになる作品。でも、辛い“だけ”の作品でも無い。最後の最後、坂井祐治の息子・啓太(啓太)が大笑いする場面に、自分は“救い”を感じた。
総合評価は、星3.5個。