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「桑田が現役引退を表明 TV番組で『燃え尽きた』」(3月27日、日本経済新聞)
米大リーグ、パイレーツとマイナー契約し、メジャー昇格を目指して招待選手でキャンプに参加していた桑田真澄投手(39歳)が26日、TBSテレビの「筑紫哲也 NEWS23」の番組内で「燃え尽きた。何一つ悔いは無い。」等と語り、現役引退を表明した。
桑田投手によると、パイレーツのハンティントン・ゼネラルマネジャーから「メジャーではチャンスは無い。投げる機会は無い。」と通告されたという。昨年と同様にマイナーからの昇格を目指すという選択肢に付いては「今年は、そういう気持ちは無く、メジャー一本しか考えていなかった。」と話した。今年のオープン戦での成績は5試合に登板、5回5安打1失点。
巨人を戦力外となった桑田投手は、大リーグ挑戦を表明して2007年にマイナー契約でパイレーツに入団。3月末のオープン戦で右足首の靱帯を損傷するアクシデントを乗り越えて大リーグ昇格を果たし、6月のヤンキース戦で初登板した。メジャー1年目の成績は19試合で0勝1敗、防御率9.43。日本では442試合で173勝141敗14セーブ、防御率3.55。
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ジャイアンツ入りしてから今年で23年。四半世紀近くプロの世界で生き抜いて来た彼に、心より敬意を表したい。先週の記事「ミスター高校野球」でも触れた様に、自分にとって最も輝いていた高校球児が彼だった。それから一貫して彼は大好きな選手で在り、大好きだからこそ時には厳し過ぎるとも思える言葉を投げ掛けて来た。2年前の記事「何処へ行くのか18番」でも指摘した様に、「彼の引退は余りにも遅過ぎた。これ以上晩節を汚さないで欲しい。」*1という気持ちはずっと変わらなかったが、いざ引退が現実になると寂しい思いが強くなってしまうのだから、全く好い加減な物で在る。
ジャイアンツ入りしてから23年と上記したが、PL学園時代から彼を見続けているので、合計で26年間の思い出を共有して来た事になる訳だ。本当に御疲れ様!
次は第14代のジャイアンツ監督に就任して貰いたい。
*1 あくまでも自分自身の美学からすると「晩節を汚した」と思っているだけで、「ボロボロになる迄現役生活を続ける」という考え方自体を否定するものでは全く無い。
「桑田が現役引退を表明 TV番組で『燃え尽きた』」(3月27日、日本経済新聞)
米大リーグ、パイレーツとマイナー契約し、メジャー昇格を目指して招待選手でキャンプに参加していた桑田真澄投手(39歳)が26日、TBSテレビの「筑紫哲也 NEWS23」の番組内で「燃え尽きた。何一つ悔いは無い。」等と語り、現役引退を表明した。
桑田投手によると、パイレーツのハンティントン・ゼネラルマネジャーから「メジャーではチャンスは無い。投げる機会は無い。」と通告されたという。昨年と同様にマイナーからの昇格を目指すという選択肢に付いては「今年は、そういう気持ちは無く、メジャー一本しか考えていなかった。」と話した。今年のオープン戦での成績は5試合に登板、5回5安打1失点。
巨人を戦力外となった桑田投手は、大リーグ挑戦を表明して2007年にマイナー契約でパイレーツに入団。3月末のオープン戦で右足首の靱帯を損傷するアクシデントを乗り越えて大リーグ昇格を果たし、6月のヤンキース戦で初登板した。メジャー1年目の成績は19試合で0勝1敗、防御率9.43。日本では442試合で173勝141敗14セーブ、防御率3.55。
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ジャイアンツ入りしてから今年で23年。四半世紀近くプロの世界で生き抜いて来た彼に、心より敬意を表したい。先週の記事「ミスター高校野球」でも触れた様に、自分にとって最も輝いていた高校球児が彼だった。それから一貫して彼は大好きな選手で在り、大好きだからこそ時には厳し過ぎるとも思える言葉を投げ掛けて来た。2年前の記事「何処へ行くのか18番」でも指摘した様に、「彼の引退は余りにも遅過ぎた。これ以上晩節を汚さないで欲しい。」*1という気持ちはずっと変わらなかったが、いざ引退が現実になると寂しい思いが強くなってしまうのだから、全く好い加減な物で在る。
ジャイアンツ入りしてから23年と上記したが、PL学園時代から彼を見続けているので、合計で26年間の思い出を共有して来た事になる訳だ。本当に御疲れ様!
次は第14代のジャイアンツ監督に就任して貰いたい。
*1 あくまでも自分自身の美学からすると「晩節を汚した」と思っているだけで、「ボロボロになる迄現役生活を続ける」という考え方自体を否定するものでは全く無い。
しかし桑田は
「何千ものイニングを投げてきた。登板機会は若手に譲る」
とこれを固辞したという。
いかにも桑田らしいですね。
日本での成績は、文句のつけ用の無い成績であることはまちがいないです。
でもPL学園時代からの、僕のヒーローであったということを考えれば、200勝なんか通過点といえるくらいの成績を残して欲しかったです。
いや、残せるものと信じていました。
怪我がなければ。
途中、ストッパーに転向することがなければ。
酷使登板がなければ。
N氏が監督になければ(失礼)。
タラレバは禁物だが自分のヒーローなんで、どうしても言いたくなります。
最後に一言、ご苦労様。
PLのエースとして
ジャイアンツのエースとして
素晴らしい活躍を見せてくれました。
これからもまた、
彼らしい人生をスタートさせるのでしょうね。
桑田といえば、
清原。
かれもそろそろですよね。
高校時代の彼らが
このような23年後を迎えるとは
思ってもなかったです。
KKコンビは高校生だった時分に、既にプロ選手の風格が在りました。そんな二人が中心に居たのですから、あの頃のPLが強かったのも当然と言えましょうね。“個人的には”両者共にもっと早く引退をしていた方が良かったという気がしていますが、兎にも角にも厳しいプロの世界で四半世紀近く生き抜いて来た事は立派の一言。彼等には、第二の清原&桑田を育成して貰いたいです。