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一級建築士の青瀬稔(あおせ みのる)は、信濃追分へ車を走らせていた。望まれて設計した新築の家。施主の一家も、新しい自宅を前に、あんなに喜んでいたのに・・・。
Y邸は無人だった。其処に越して来た筈の家族の姿は無く、電話機以外に家具も無い。唯1つ、浅間山を臨む様に置かれた「ブルーノ・タウトの椅子」を除けば・・・。
此のY邸で、一体何が起きたのか?
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横山秀夫氏の小説「ノースライト」。
バブル崩壊で業界全体の仕事が減り、非常に小さくなった“パイ”の奪い合いの中で、転職する者も出て来た建築士達。建築士としての矜持を捨て、遣っ付け仕事も辞さない様になった青瀬稔は、軈て家庭内も荒れ、妻と娘と別れる事になる。そんな或る日、青瀬の前に現れたのが、3人の子供を持つ吉野陶太(よしの とうた)夫妻。「貴方自身が住みたい家を建てて下さい。」と、全てを自分に委ねてくれた事に青瀬は発奮し、自分として理想の家を作り上げる。出来上がった家を吉野達は大喜びし、“Y邸”は業界でも高い評価を受ける事に。だが、家が出来上がって4ヶ月経った頃、あんなにも大喜びしてくれた家に、吉野一家が引っ越していない事を青瀬は知る。裏切られた思いの彼は現地に飛び、室内に電話機と椅子しか置かれていない状態に愕然とする。吉野夫妻を追う中で、室内に置かれていた椅子が「ナチスの迫害から逃れ、日本に約3年半滞在し、“表現主義”の建築家として知られるブルーノ・タウト氏。」の作品で在る事を、青瀬は知る。
ブルーノ・タウト氏という存在を、自分は此の作品で初めて知った。20世紀を代表する建築家の1人の様だ。そんな彼に関する事柄が“横糸”とするならば、行方の判らない吉野夫妻は“経糸”で、そんな横と縦の糸で編まれた織物を、解いて行く事で“事件”の真相が明らかとなる。
ブルーノ・タウト氏に関する知識が全く無い自分にとっては、色々知識が得られて面白かった。でも、建築関係に全く興味が無い人からすると、「“情報過剰”でげんなりする。」という感じになるかも。
吉野夫妻の“正体”は意外性が在ったものの、彼等が青瀬に“理想の家”を建てさせる事にした理由が少々非現実的に感じるし、其の理由の元となる“或る事件”や、青瀬を見付け出した過程等が、偶然性に頼り過ぎた感じが在り、興醒めしたのも事実。
“家族の形”という物を、深く考えさせられる作品。或る理由から、大きなコンペを必死になって取りに行く“5人”の姿には心揺さぶられる物が在ったけれど、其の“結果”をどうしたかに関しては、正直納得行かない所も。
総合評価は、星3.5個とする。