標高800mにある 世界遺産・高野山真言宗総本山金剛峯寺。
平成27年、弘法大師空海の手で密教の道場が開かれてから1200年を迎えた。
高野山は、現在もなお117もの寺院(うち52が宿坊)が密集し、
信仰の山の歴史を秘めた山上の宗教都市。
特に、空海が「即身成仏」を果たし、今なお生き続けていると信じられている奥院は、
今でも多くの人々により墓石の建立が続けられている。
その数20万と言われ、
豊臣家、徳川吉宗公、武田信玄・勝頼、明智光秀、石田三成、上杉謙信など
戦国大名の6割り以上の墓があると言われる。
大企業の慰霊碑なども多い
なぜ浄土宗、浄土真宗の開祖2人の墓碑が
真言宗の高野山にあるのか。
それは、弥勒菩薩の下生(げしょう)の地が高野山であると信じられており、
宗派に関係なく多くの仏者が墓や供養塔を建てていたためだという。
落書を楽しんでもらおうと、柳家金語楼が建立した
「父(ちち)母(はは)の しきりに恋いし 雉(きじ)の声」
芭蕉45歳の3月に読んだ句だという。
根本大塔。空海が中国の都・長安に留学後、高野山に真言宗を開いたが、
その第一段階は、根本道場としての伽藍を建設することだった。
昭和12年(1937)に再建。
御影堂。弘法大師が住まわれているとされるお堂。
金堂。高野山の主な行事は、ここでとりおこなわれる。弘化10年(819)創建。
6度の焼失に遭ったが、昭和7年(1932)再建。
高野山は、やはり荘厳さと霊気を感じる場所だった。
(この項 完)