<短歌>
汗だくに なって働く親みれば ほしいスタンド ねだるにねだれず
友達の オルガンの音を ききながら われは けんめい俳句をつくる
登校する みんなの顔に よろこびが 春の日光 まぶしく光る
(O・T 男)
流氷は おきに去り行き ゴメの群れ 港に来たり 春を呼ぶなり (M・M 男)
目がさめて 机を見ると 本箱に 理科の辞典がころがっている
(S・M 女)
<詩>
さむい日の午後
(Y・M)
つめたい風がふいている
とり小屋のなかには鶏が
みんないっしょに かたまっている
どのとりも目をとじている
一羽の鳥がうごくと
みんな目をひらく
ぼくがそっとのぞくと
「こけっこう」とないた
さむい日の午後だった
春よ来い
(N・E)
春、春はもう目の前に
来ている様だ
野も、山も、道も、まだ、
雪は積もっているが
私の心も春を呼んでいるのだ
小さい子供は春になると
ふきのとうや、たんぽぽで
おままごと
日のあたるえん側で
おままごと
あぁ、早く雪が解けて
春よ来い
春は私の希望の
めばえ
<詩>
夜の川
(S・Y)
くらい夜だった
ぼくが、ふろの水を川にくみに行くと
しずかな川の中が
がぼがぼという音がしたので
ある一点をみつめると
カモが一羽おどろいたようにして
とびたった
詩
(K・K)
空見れば
今日も流れる
ちぎれぐも
あぁ、幸福を乗せてどこへゆく
詩
弟
(N・Y)
(一)
銀色の雪の上を
つるつるとすべる
すべってはころび
雪だるまの様になりながら
すべり続ける弟
ころべばころぶほど
すべり続ける弟
(二)
高い坂の上から
勢いこんですべる弟
雪けむり一緒に
体が見えなくなる様に
それでも又のぼって行く弟
根気のよい弟
ころべば ころぶほど
すべりつづける弟
<詩>
祝賀式
(R・K)
さんさんと
マド辺にふりそそぐ
朝の太陽―
「君が代は千代に八千代に…」
歌声は
高くなり又低くなり
講堂いっぱいにひびき渡る
苦しかったことや
楽しかったことが
歌声とともに
胸になつかしく思い出され
また消えてゆく
゛今年もしっかりやるぞ゛
愛の手
(G・S)
愛の手は私の母の右左の手
愛の手は一家の光の右左の手
なんぎもする手
だいじな手
それなのに母だけが がさがさな手
ちょっと母と私の手を比べれば
母の苦労が しわとなって現れる
母の手 母の手 愛の手だ
<詩>
静寂な夜
(O・T)
夜もふけてあたり一帯が
しずまりかえっている
時計の音だけが大きくきこえる
僕は机に向かって勉強しているのだ
どこかで犬の遠吠えがする
もう11時頃だなあと思いながら
僕は勉強している
試験
(H・T)
試験の答案がくばられた
机の上にあがっている答案を見ると
胸が「ドキドキ」する
先生が「始め」と云った時
あわててやり始めた
答えを書こうとしても
なかなか思いださない
時間は一刻一刻過ぎて行く
やっと思い出した時
もう皆は出来ているようだ
私もあわててした
<作文>
卒業式
(M・K)
卒業式は年中行事の一つである。又、卒業生が泣いて、学校から別れるのである。今年も卒業式が近づいて来た。そのことを考えると、いやになってくる。寒い運動場(屋内)の中で、3時間位すわっているのは、なんというつらいことであろう。
僕は、今年は皆きん賞をもらうために、立たなければならない。先生が「皆きん賞に証せられるもの」と名前をいうと、僕の全身の血は皆な頭にのぼってしまうようである。その卒業式も二日間の練習をおえて、いよいよ21日の当日となった。
僕は、恥ずかしいながらも新しいふくを着ていった。友達もみんな新しいふくを着て遊んでいた。運動場に入ると、卒業生だけ来ていなかった。それは、後から入れて拍手でむかえる為である。
卒業生を拍手でむかえると、頭へ手を当てるものや、下をむくものがいた。僕も皆きん賞の時は、どこへ目をやっていいかわからなかった。それでどうやらすんだが、さて、いろいろなことがすんで送別の歌となってくると、歌いながら泣く女生徒もでてきた。
来年は僕達がむかえられて、うたってなくのかと思うと、こんな卒業式なんかない方がいいなあと思うが、それは仕方がない。卒業生は卒業式にないて、在校生にとっては楽しいものではないでしょうか?
☆ ☆
中学の卒業式の思い出となると、やはり、進学する者、社会に出る者それぞれが別れ別れになるので、「寂しくなるな」という感じだったと思う。
とくに、私たちの場合は、小学校、中学校とも同じ校舎にあり、クラスも1クラスが9年間一緒に学び、遊んだ仲だから、なおさらだった。
中学2年生の時は、確か「送辞」を読んだ記憶があり、何回も練習してはいたが、やはり本番は緊張した。だから、終った時にはホッとしたものだ。
これからの季節、「蛍の光」や「仰げば尊し」(今は色々な歌が歌われているようだが)を聞くと、クラスメートや恩師の顔を懐かしく思い出す。
☆「作文編」は、今回で終了です。次回から「詩・短歌」編です。
<作文>
春の足音
(I・F)
私は今、思います。過ぎ去った去年の春のことを。冬が終るにつれて、重苦しい足音で冬のあとから引きずられ、北国の寒い北海道に、ようやく姿を現しました。
その頃の私達は、遊びをしながら遅い春を待っていました。広い雪野に腰をおろし、私と友達はあたりをみまわしていました。その時は、何となく春の足音がきこえて来たように思えて、頭に浮かんできた事を詩に書いてみました。題は「春がやって来る」です。
春がやって来る。皆でむかえる
楽しい春が 音も静かに 一足 一足
冬の終わりにつながれて 遠い国からやってくる
考えてみると 緑の芽の赤ちゃんは
春が終わりとなる頃は
老いて 自然といなくなる
一日おくれて来る春を
まって伸ばした首の根を
いつしか来ている春風を
そうっとたたかれ ちぢむ首
私は、この詩をよみながら、去年の春を思いだしています。でも、今年の春は去年の春よりも大分早く、もうすぐそばまで来ているようです。
黙って耳をすませば、そよそよと春風が体をゆすっている。私達と一緒に野草達も耳をすまして聞いていることでしょう。今年の春の足音は、心もはずむような楽しさです。
☆ ☆
北国に住む者にとって、春は待ち遠しいものだ。冬は冬で美しい大自然の魅力をたっぷり見せてくれるし、楽しい遊びもあるが、厳しい寒さゆえ、どうしても屋内にいることが多くなる。
それだけに、柳の芽が膨らみ、蕗のとう、土筆などが顔を出して、白い世界から徐々に緑色の濃度を深めていく春は心が躍る。
暖冬という予報が出ていたこの冬だが、このところの寒さは2月としては観測史上一番の寒さを記録したところもある。さっぽろ雪まつりは終ったが、各地では雪まつり、氷まつりなどが続く。春風を感じるのは、オホーツクの流氷が去る3月中旬以降だ。
<作文>
休みの間の作文
(N・K)
カゼのひいた人が多かったので、学校が休みになった。弟は学校から帰ってくると、すぐにスキーぐつとスキーをはきスキー乗りにでかけて行ったきり、ごご3時になっても帰ってこないので、僕はさがしに坂の方に行って見ると、いなかった。
自分の仕事もしないで、スキー乗りに夢中でした。午後4時になると、弟が泣きながら帰ってきた。「どこへスキー乗りに行ってきた」ときくと、「神社の山の方へ行ってきた」と云いました。
「どうして泣いてきたのか」ときくと、「手がしゃっこく(冷たく)なって一人で帰ってきた」と、云っていました。せんめん器に湯をとって弟にやると、すぐ湯の中に手をいれて暖めて居ました。母は「工場におが(木材の粉)はこびに行かなかったの」と、おこっていました。
「もう暗くなったから仕事は明日にしなさい」と、云っている内に晩になって寝てしまった。カゼにかかった人が多かったので、学校は休みでした。その朝、弟は7時におきて、朝っぱらから少しおこられました。
8時頃から坂ですべっていると、「三十林班へスキー乗りに行って来る」と云って、行きました。僕は母に仕事をいいつけられて仕事をして終わらせて山の方を見ると、5、6人が山の上の方へ登って行くのが見えました。
僕は家で電池をつかって遊んでいると、弟が帰ってきました。「今日は泣かないで帰ってきたんだ」と云ってやりました。弟は、「僕も電球をつくって遊ぶ」といって作りはじめました。
昼からは、スキーのりに行かないで、家で僕と弟が、どかんを作っていると、母が「うるさいな」といっておこり、ぼくらはつくるのをやめました。晩ごはんのときに、父が「工場さ猫が来た」といって、猫にごはんをもっていきました。父が「めんこい(かわいい)猫だ」といって、かわいがって来ました。
☆ ☆
子どもでも、自分の「仕事」というのが割り当てられていた。おがというのは「おが屑」のことで、林業の街であったから製材工場などには沢山の「おが屑」があり、それが燃料となっていた。それをかます(藁で編んだ袋)に入れて、子どもたちも運んだ。私もリヤカーで、いつも兄と一緒にやった。
このほかにも、薪割りや、自家用の畑があって、種まき、草取り、収穫などを手伝ったものだ。当時は、皆それが当たり前だと思っていた。そういうことを通じて、自然の恵みや、有難さ、働くことの大切さなどを身につけていったのだと思う。
わが子育てを振り返ってみれば、今の時代なりに、もっと日常生活の上で、色々なことを手伝わせ、経験させておくべきだったと、反省することしきりである。
<作文>
スキー
(S・Y)
僕は朝起きてみると、良い天気であった。早く水くみをしてスキーをはいていくと、みんなもうスキーにのっていた。そこへK先生もきていた。そこで、みんなでそうだんの結果、三十林班にでかけた。
林の中を通るとき、鳥が3~4羽とびたち、とても気持ちがいかった。林の中を通りぬけると畑が真っ白い銀世界になっており、スキーで走っていると、いよいよ山にかかった。
はじめのうちは、低い所からすべった。良くすべりすぎて、たまには大きなあなをあけた。たしかに雪はつめたかった。「あまり高い所からすべるんでないよ」と、K先生は心配していた。
ぼくは、そんなことなんぞかんがえないで高い所からすべると、つめたい風が顔に当ってきもちがよかった。あまりながくすべっていると大変あせがでておもしろかった。みんなが「かえろう」というので、朝きた道をひきかえした。たいへんおもしろかった。
☆ ☆
確かに、50年以上前の北国は寒かった。マイナス35℃位までは経験している。この位の寒さになると、顔が痛いという感じだ。しかし、多少の寒さというのは、かえってピリッとした爽やかさ、気持ち良さがあるものだ。目の前に広がる、静かな銀世界を遊び場としていた頃が懐かしい。