とうとう11日、WHOからパンデミック宣言が出て
コロナウイルスの影響で本当にオリンピックが心配になって来ました
今はスポーツもエンタメもほぼ出来ない状態・・
楽しみにしていたフギュアスケート世界選手権も中止に
大相撲は無観客でやっていますが異様な光景です
9年目の「3・11」を迎え、今日は非常袋を再点検
今となれば地震だけじゃなくウイルスの事も考えて
準備しなくちゃって思いました!
もし、2週間の自宅待機だとすると・・・
水分補給の補水液や栄養価の高い保存食とか
マスクも消毒用アルコールも必要ですが今は無いのが現状ですね
考えてみると9年前の大地震、大津波で自分の生き方までも考えさせられたのに
何時の間にか危機感も薄れてしまい。。。反省
私の選んだ矢沢語録
2012年 別冊カドカワより・・
あの震災って、ミュージシャンに限らず、誰もがショックを受けたと思うんですよ。
自分は今後どう立っていかなきゃいけないのか、どう生きていかなきゃいけないのか。
みんなが考えたと思う。
それくらい大きな事件だった。それがまず前提。
だからと言って、あの震災があったことに対して、僕が音楽でメッセージを送って
いくというような意識はないですよ。
音楽の使命において、みたいにデカいことを言うのはイヤなんですよ。
なんだか恥ずかしい。
しょせん音楽なのに、そこまでうのぼれて、そこまで言えないよなって気持ちが
どこかにある、自分はね。
だけど、されど音楽なんだよね。
誰かを楽しませたり、誰かに勇気をくれたりすることはあると思ってる。
(中略)
「矢沢さんの音楽に勇気をもらいました」とか
そういうメールや手紙はいっぱい貰った。
去年、震災から半年くらいたった時期に、ツアーで仙台に行った。
楽屋で何を言おうか、考えましたよ。
震災のことに触れるべきなのかな、どうやってしゃべろうかなって。
でも、「頑張ってください」とかそういうことは言いたくなかった。
だってみんな被災地の人、頑張ってるもんね。
だからライブが始まってからも一切触れずに
そのまま10曲、15曲、18曲とやった。
いよいよ最後の曲。
そこで一言だけ言った。
”最後に一曲やります。ところでさ、みんな大変なこと、いいろいろあるんだけど
頑張ろぜ、なーッ”て。
その後メールが来たんだよね。
「最後にひとこと、永ちゃんに”頑張ろうぜ”って言われた時に泣きました。って。
きっとみんな頑張ってくれって言われてきてるじゃない?
あの場所で出た言葉は僕の正直な気持ちだったんだよね。
それしか言えなかったし・・・。
生のライブを大切に大切にして来た永ちゃんですが・・
春ツアーが出来るのか今はまだ分かりません
もし出来ない場合には
「マニアックナイト3」の生配信とかも考えて頂ければ
すごく嬉しいですし元気を貰えると思うのですが