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貝原益軒の養生訓―総論下―解説 033 (修正版)

2015-08-13 12:18:57 | 貝原益軒の養生訓 (修正版)
(原文)

人、毎日昼夜の間、元気を養ふ事と元気をそこなふ事との、二の多少をくらべ見るべし。衆人は一日の内、気を養ふ事は常にすくなく、気をそこなふ事は常に多し。養生の道は元気を養ふ事のみにて、元気をそこなふ事なかるべし。もし養ふ事はすくなく、そこなふ事多く、日々つもりて久しければ、元気へりて病生じ、死にいたる。この故に衆人は病多くして短命なり。かぎりある元気をもちて、かぎりなき慾をほしゐまゝにするは、あやうし。

古語曰、日に慎しむこと一日、寿して終に殃なし。言心は一日々々をあらためて、朝より夕まで毎日つヽしめば、身にあやまちなく、身をそこなひやぶる事なくして、寿して、天年をおはるまでわざはひなしと也。是身をたもつ要道なり。

飲食色慾をほしゐまヽにして、其はじめ少の間、わが心に快き事は、後に必身をそこなひ、ながきわざはひとなる。後にわざはひなからん事を求めば、初わが心に快からん事をこのむべからず。万の事はじめ快くすれば、必後の禍となる。はじめつとめてこらゆれば、必後の楽となる。

(解説)

 宋代の類書『太平御覧』にはこんな話が載っています。周の武王と太公望の会話です。

武王、師尚父に問いて曰く。

「五帝の戒、聞くをうべきか」

師尚父曰く。

「黄帝云く。予は民上に在り。搖搖として夕の朝に至らずを恐る、故に金人は其口を三緘し、言語を慎むなり。

堯は民上に居る、振振として深淵に臨むが如し。

舜は民上に居る、兢兢として薄冰を履むが如し。

禹は民上に居る、慄慄として日を満たさざるが如し。

湯は民上に居る、翼翼として敢て息せざるを懼る。

吾は聞く。道は微よりして生じ、禍は微よりして成る。終と始を慎みて、金城の如く完うす。怠に勝つを敬せば則ち吉、欲に勝つを義せば則ち昌。日に慎むこと一日。寿して終いに殃なし」

 太公望は、圧倒的に有利な殷の紂王の軍隊を牧野の戦いでやぶり、周を勝利に導いた伝説的な軍師です。ちなみに牧野の戦いは、『史記』には、周軍は兵車三百乗、勇士三千人、武装兵四万五千人であり、殷軍は七十万の兵であったと記されています。その彼が武王に「五帝の戒」を訊かれて答えたのがこれらの言葉です。

 君子のもっとも尊敬すべき、見習うべき五人の聖帝は常に天下の民のことを考え、慎み深く生きていたのです。益軒は長寿のための養生法を説きましたが、長寿の目的は長く生きることでも、個人的な楽しみでもないのです。

(ムガク)

(これは2011.3.16から2013.5.18までのブログの修正版です。文字化けなどまだおかしな箇所がありましたらお教えください)


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