(原文)
凡、朝は早くおきて、手と面を洗ひ、髪をゆひ、事をつとめ、食後にはまづ腹を多くなで下し、食気をめぐらすべし。又、京門のあたりを手の食指のかたはらにて、すぢかひにしばしばなづべし。腰をもなで下して後、下にてしづかにうつべし。あらくすべからず。もし食気滞らば、面を仰ぎて三四度食毒の気を吐くべし。朝夕の食後に久しく安坐すべからず。必ねぶり臥すべからず。久しく坐し、ねぶり臥せば、気ふさがりて病となり、久しきをつめば命みじかし。食後に毎度歩行する事、三百歩すべし。おりおり五六町歩行するは尤よし。
家に居て、時々わが体力の辛苦せざる程の労動をなすべし。吾起居のいたつがはしきをくるしまず、室中の事、をつかはずして、しばしばみづからたちて我身を運用すべし。わが身を動用すれば、おもひのままにして速に事調ひ、下部をつかふに心を労せず。是、心を清くして事を省く、の益あり。かくのごとくにして、常に身を労動すれば気血めぐり、食気とどこほらず、是養生の要術也。身をつねにやすめおこたるべからず。我に相応せる事をつとめて、手足をはたらかすべし。時にうごき、時に静なれば、気めぐりて滞らず。静に過ればふさがる。動に過ればつかる。動にも静にも久しかるべからず。
(解説)
「総論下」になると養生法がますます具体的になってきます。文章も読みやすく解説を挟む余地があまりないのですが、所々言葉の解説だけしていきます。
「京門」というのは、ツボの名前であり、足少陽胆経の経穴の一つ。腎の募であり別名、気府とも気兪とも呼ばれ、季脇の下一寸八分の場所にあります。別名から推察されるように、気の集まるところであり、ここでは「食気をめぐらす」ために使っています。が、ここではツボの特性はあまり関係なさそうです。お腹を前面、側面、後面と「なで下ろし」ていますが、その側面を指示するために、「京門」という名前を使っています。
「食毒の気」というのは、ゲップで出る気でしょう。
ところで『徒然草』九十三段に以下のように書かれています。
「人、死を憎まば、生を愛すべし。存命の喜び、日々に楽しまざらんや。愚かなる人、この楽しみを忘れて、いたづがはしく外の楽しみを求め、この財を忘れて、危く他の財を貪るには、志、満つる事なし。生ける間生を楽しまずして、死に臨みて死を恐れば、この理あるべからず。人みな生を楽しまざるは、死を恐れざる故なり。死を恐れざるにはあらず、死の近き事を忘るゝなり。もしまた、生死の相にあづからずといはば、実の理を得たりといふべし」
「日々是好日」と言うように、「存命の喜び、日々に楽しまざらんや」と富貴などではなく、なにげない日常の生きてきることそのものが楽しみである、という思想があります。また「生死の相にあづからず」という、生死を超越した悟りの境地もあります。この文章で使われている「いたづがはしく」は、「苦労して・骨を折って・大変な思いをして」というような意味でしょう。日々は楽しむものであり、辛く苦しい労働は養生のためにも良くありません。過ぎたるは何とやらです。
宋代の詩人、陸游は『上殿札子』でこう詠っています。
人君と天は徳を同じくす、惟れ当に心を清くし事を省く、淡然とし虚静、之を損し又損し、無為に至る
人君も天も、心から無用なものを取り除き、心は澄みきり、無駄な行いもすることはない。静かに余計なものをどんどん取り除き、無為に至るのです。何もしないわけではなく、道に法った自然な行い、無為の為をしているわけです。貝原益軒は養生のハウツーを説きながら、こっそり哲学を織り交ぜます。
(ムガク)
(これは2011.3.16から2013.5.18までのブログの修正版です。文字化けなどまだおかしな箇所がありましたらお教えください)
凡、朝は早くおきて、手と面を洗ひ、髪をゆひ、事をつとめ、食後にはまづ腹を多くなで下し、食気をめぐらすべし。又、京門のあたりを手の食指のかたはらにて、すぢかひにしばしばなづべし。腰をもなで下して後、下にてしづかにうつべし。あらくすべからず。もし食気滞らば、面を仰ぎて三四度食毒の気を吐くべし。朝夕の食後に久しく安坐すべからず。必ねぶり臥すべからず。久しく坐し、ねぶり臥せば、気ふさがりて病となり、久しきをつめば命みじかし。食後に毎度歩行する事、三百歩すべし。おりおり五六町歩行するは尤よし。
家に居て、時々わが体力の辛苦せざる程の労動をなすべし。吾起居のいたつがはしきをくるしまず、室中の事、をつかはずして、しばしばみづからたちて我身を運用すべし。わが身を動用すれば、おもひのままにして速に事調ひ、下部をつかふに心を労せず。是、心を清くして事を省く、の益あり。かくのごとくにして、常に身を労動すれば気血めぐり、食気とどこほらず、是養生の要術也。身をつねにやすめおこたるべからず。我に相応せる事をつとめて、手足をはたらかすべし。時にうごき、時に静なれば、気めぐりて滞らず。静に過ればふさがる。動に過ればつかる。動にも静にも久しかるべからず。
(解説)
「総論下」になると養生法がますます具体的になってきます。文章も読みやすく解説を挟む余地があまりないのですが、所々言葉の解説だけしていきます。
「京門」というのは、ツボの名前であり、足少陽胆経の経穴の一つ。腎の募であり別名、気府とも気兪とも呼ばれ、季脇の下一寸八分の場所にあります。別名から推察されるように、気の集まるところであり、ここでは「食気をめぐらす」ために使っています。が、ここではツボの特性はあまり関係なさそうです。お腹を前面、側面、後面と「なで下ろし」ていますが、その側面を指示するために、「京門」という名前を使っています。
「食毒の気」というのは、ゲップで出る気でしょう。
ところで『徒然草』九十三段に以下のように書かれています。
「人、死を憎まば、生を愛すべし。存命の喜び、日々に楽しまざらんや。愚かなる人、この楽しみを忘れて、いたづがはしく外の楽しみを求め、この財を忘れて、危く他の財を貪るには、志、満つる事なし。生ける間生を楽しまずして、死に臨みて死を恐れば、この理あるべからず。人みな生を楽しまざるは、死を恐れざる故なり。死を恐れざるにはあらず、死の近き事を忘るゝなり。もしまた、生死の相にあづからずといはば、実の理を得たりといふべし」
「日々是好日」と言うように、「存命の喜び、日々に楽しまざらんや」と富貴などではなく、なにげない日常の生きてきることそのものが楽しみである、という思想があります。また「生死の相にあづからず」という、生死を超越した悟りの境地もあります。この文章で使われている「いたづがはしく」は、「苦労して・骨を折って・大変な思いをして」というような意味でしょう。日々は楽しむものであり、辛く苦しい労働は養生のためにも良くありません。過ぎたるは何とやらです。
宋代の詩人、陸游は『上殿札子』でこう詠っています。
人君と天は徳を同じくす、惟れ当に心を清くし事を省く、淡然とし虚静、之を損し又損し、無為に至る
人君も天も、心から無用なものを取り除き、心は澄みきり、無駄な行いもすることはない。静かに余計なものをどんどん取り除き、無為に至るのです。何もしないわけではなく、道に法った自然な行い、無為の為をしているわけです。貝原益軒は養生のハウツーを説きながら、こっそり哲学を織り交ぜます。
(ムガク)
(これは2011.3.16から2013.5.18までのブログの修正版です。文字化けなどまだおかしな箇所がありましたらお教えください)
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