おでかけ大好き

お金のかからないおでかけ&ささやかな幸せ&読書など。毎日楽しいことばかりだといいのにな。

どうしてるかな?

2012-07-27 08:36:18 | おでかけ


カッパくんたちのテント村。

これ自分たちでたてたんだ~。

2泊3日なんてあっとう間。

午後にはお迎えに。

1週間くらいキャンプ生活なんていいね。

宿題とキャンプ選べといえば、決まってるよね。



フルーツパーク

2012-07-27 08:05:26 | おでかけ
兄たちをキャンプに見送ったあと、

妹たちはフルーツパークへ。

ナッパちんも私もお初です。



どあつい


別にフルーツパークのせいじゃなく、全国的に。

夏のフルーツパークは、都田川水遊び。

デイキャンプもできるそうな。

ちびっこプール(就園前レベル)はちんまりしてるし、炎天下だから、

小さい子も木陰で涼しい、川遊びがオススメ。




フルーツパークからしか入れないプライベート川べりで、

今年からは浅瀬だけ囲ってあるので、幼児から小学生低学年まではオススメ。

流れもないし、深いところでも50センチくらいなので高学年には、

物足りないね。

奥にみえる河童がでそうな淵が魅力的だけど・・・

安全第一なんでしょうね。




泳ぎっこしたり、

石やカワニナの殻を集めたり。

小魚や川海老?サワガニもいたよ。


飽きずに3時間ほど川遊びのあとは、

なんと!この炎天下の中、遊具で遊ぶとな?



フルーツのカタチの遊具はかわいいけども。

滑り台の鉄板を「あついあつい」といいながら、

滑り降りてくるナッパちん。

パンツも焦げそう。




売店で、ブドウとパパイヤを買って、カキ氷食べて、

でもまた遊具まで走ってくなんて元気だの。

おかーさんは、紫外線に負けました。もう全負けです。


最後はお約束。



恒例「帰りたくな~い」さとちゃんも



真っ黒イチゴに変身。


車の中でバタンキュー、おうちに帰ってからもコンコンと眠り続けました。

おかーさんも添い寝。

お兄ちゃんいないし、夕飯はカップ麺でいいね。












はじまりました

2012-07-26 07:41:24 | 日々喃々
いよいよ、夏休み始まりました。

初日は、実家母のところへ、二人揃ってお泊り。

お目当ては、夕食のカッパ寿司だったりして。


その翌日からは、カッパくん、いよいよ2泊3日の山奥キャンプ。

水着や着替え、ヘルメットや寝袋・・・すごい荷物。

準備だけでも、怒声、泣き声飛び交います。

難関は、寝袋を仕舞うこと。

空気を出しながら、しっかり巻いて、

巻きをキープしながら、リボン結び。

そしてぴったりの袋に入れます。

・・・・・カッパの水かきでは不可能?


できなくてできなくて、散々泣き喚きましたが、

ほっときました。

涙が枯れて、夕飯をフツウに食べたあと、

なにも言わないのに、自分でやり直して仕舞ってました。

男じゃのう。


飯田線沿いの駅に集合。

新東名と三遠南信自動車道路のおかげで1時間弱で到着。

集合時間まで時間があったので、

無人駅周辺や飯田線の線路に下りて(よい子はしないでね)探索。

やがて、豊橋からの電車が到着、参加者がぞくぞくと集まってきて、

涙のお別れ・・・どころか、

「オレ、この車がいい」とか言いながら、

振り返りもせず乗り込んでいきました。

親がどんなに手を振っても、

こどもは未来しか見てないなぁ。(苦笑)

そのくらいがちょうどいいさ。


妹たちも兄たちには構わず、

「早くフルーツパークで水遊びっ」と大騒ぎ。

夏を楽しんでおいで。













私成分

2012-07-22 23:09:41 | 本に暮らす
現在の私の心成分を分析したら、

息子の心配4割、読書3割、甲本ヒロトさん2割 ナッパちん1割くらいか。

ナッパちん少なすぎだし、

カッパくん多すぎだし。


私の場合、読書=逃避です。

アルコール依存や、パチンコ中毒と同じ。

ご飯を作るときも、お風呂やトイレに入るときも、

少し空き時間があれば、現実より楽しい本の世界へ。

健全ではない。


そして甲本さん。

このブログでさりげなく?、唐突に

引用してる言葉はほとんど。

言葉通りではないのだけど、インタビューなどで、

「曲作りは、感動をたくさん食べて、うんこをするみたいなもの」とか。

「自ら光るものは少ない。輝いているものの光を反射して、光る。

 それがまた誰かを照らす」とか。

甲本さんのパフォームには退いちゃうかもだけど、

あれはたぶん自己プロテクトで、

わかりやすく、現実的で、健全な考え方に惹かれるんだよ。


光について。

文学も音楽もスポーツも、娯楽だけでなく、

生活の中のいろいろなものの中に、

楽しみや感動、好きなこと、心に残ること、

輝いていることは溢れている。

趣味は違えど、大小はあれど、

みんなその恩恵の光を受けて、楽しんでいるはず。

楽しむことに、年齢もお金や素質のあるなしも関係ない。

でも、受けた光を集めて、自分は光っている?

それは誰かを光らせるモトになってる?


読書家だからといって、作家になれるとは思わない。

なにかで一稼ぎとか、名を上げねばっていうのでもない。

この純粋な喜びを出力したいってことかな。

そういう意味では、私にとってこのブログは、

ささやかなりとも自己実現してるのか。

そっか、そういうことか。(ちーん!)

お騒がせしました。


いやいや、でもまだ足りない気がするんだよ。

だから、『今日も明日もあさっても、なにかを探すでしょう』

今なくてもいいんだね。


あれ?読書メーターの話を書くつもりだったんだよ。

光は速いからね~

あっという間に遠くに来てしまったってことで、お許しを。

















谷津巡回教会

2012-07-22 21:52:59 | 日々喃々
涼しい夜なので、静かな心のうちを。

以前書きたいと思っていたこと。

静岡市にあった谷津教会が5月に焼失しました。

近日、有形文化財から抹消されたそうです。


プロテスタントとカトリックの区別も怪しいですが、

ここは、中庭に小さなマリアさま。

カソリックなんですね。

そして、こじんまりした瓦屋根、板壁の日本家屋。

こっそり覗くと(木枠の窓が開いていたのですよ)、聖堂内部は畳敷き。

簡素な祭壇に百合の花が活けられていたのは、記憶の美化でしょうか。

今なお、大切にされている心をみたように覚えています。


信仰心がなくても、おのずと教会そのものに手を合わせてしまうような佇まい。

1917年ごろ、大正時代というのですから、もう築100年以上ですよ。

失ったものは戻りません。

設計図が残っていて、同じものを建てたとしても、

それはやはり別の建物、別の文化でしょう。


巡回教会だそうですから、司祭(カソリックは神父?)は常在ではなかったのですね。

不審火なのだとか。

完全に焼け落ちた教会は、キリストの磔の御姿のように見えました。


「心が痛む」ということが、祈りの原点、なにより人間性の原点だと思う。

失ったものは決して戻らないけど、

この気持ちだけは失いたくない。