故郷を離れて早40年。私は、故郷に何かの恩返しをしたい。
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札幌駅前で見た。若者が自転車を組み立てていました。
若者の旅は、未来への旅です。
歳をとったら、過去への旅になりがちです。
生きているうちに、お礼の一言も言っておかなければ、会っておかなければとなります。
今日のテーマは、「旅の続き」です。
私のブログに、過去一度もなかった「いいね」と「続きが読みたい」のコメントがつきました。
旅の途中で会ったのは、
娘、一緒に仕事をした方、兄、母、仲人さん、小学校の時の同級生と恩師、
今まで付き合ってきた方たちばかりです。
一筆書きの旅の走行距離は、3450Kmになりました。
高速代をセーブしようと、バイパスを走りました。
都心(大阪、東京)を早く抜けようと、最後には高速道路に乗りました。
会っておきたい人は、増えるばかりです。
苅田町まで来たのだから、周防灘を見たいと岬まで走りました。
沓尾「石の博物館」に出くわしました。
恐る恐る入館したら、待ってましたと市役所の名札をつけられた方が応対してくださいました。
説明したくて止まらない。よく来てくださったと何度も聞いた。
ここから5つの石が、大阪城の石垣に使われた。偉い科学者が鑑定した。
と、説明は止まりません。陽も落ちて来たので、石巡りに出かけた。
向こうに宇部が見える。大きな石を割った痕跡があった。すぐ近くの港まで運んだのだ。
きっと、船の胴に巻き付けて運んだのであろう。
石を下ろすときは、船を揺らして放り投げるように上げたのであろう。
行ったことがない真鶴を目指した。
後悔した。山肌に張り付くような国道を走った。
すぐ下に有料道路があったのに、けちって一般道を走った。
お陰で、この真鶴がいかにすごいとこか分かった。
特別養護老人ホームにおられる仲人さんに会えた。面会時間は、わずか15分でした。
長生きするのも悪くないと言われた。
どうしてとは、聞けなかった。
広島で兄と話した。
長兄がこの夏亡くなった。
後をどうするか、次兄と話した。
ついでもな。弱気な次兄を見た。
次兄の決断を待っている。
旅の終わりに、最初に勤めた会社の方たちとゴルフをした。
ハンディが多い私達夫婦が、一番二番でした。
未だに誘ってくださる人たちの気持ちが嬉しい。
考えてみれば、皆さん転職組です。
ゴルフの途中、地元の方から電話が入った。
いつ帰る。いつ到着する。いっぱいやろうと誘いの電話。
ゴルフの表彰式に参加することもできず、高速をとばした。
気が張っているとはいえ、おおいに酔っぱらった。
翌日、道中寝てばかりの妻に反省をさせられた。
始まりさ 過去追う旅の 何度目の
2019年12月4日
「いいね」を押したのは、妻でした。
あまりにかわいそうと思ったのか、本当に良かったのかわかりません。
(筆者)
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先輩の奥様です。
ちゃんと、手を洗った。
食事の前に、先輩は常に注意を受けるそうです。
定年まで、奥様は小学校の教師をされていました。
緑の葉が黄色になり、朱になり、落ちていく。
朝は霜柱が立ち、夜は星が輝きを増す。
去年同様、大根を保管する穴を掘らなければならない。
朝抜くと凍みて折れるから、昼まで待つことになった。
今日のテーマは、「伝える努力」です。
うまく書けるか心配しながら、試行錯誤しています。
最初からけんか腰の相手に、心から接することは難しい。
役所の窓口に来る人は、様々な疑問と不満を持っている。
対応する職員は、気持ちを込めて、ていねいに応えなければならない。
この対応はなんだとこれ見よがしに大きな声を出す方もおられます。
上の方が、「まあまあ」と言って、応接間に通し、
お茶でも飲んでいただき、話を聞く。
反抗を重ね、親の言うことなんか聞き耳持たない我が子に接することだってある。
どうやって、言い聞かせるか本当に悩みます。
小さいころは、叱ってもいました。
背丈も伸びて大人の仲間入りした子に、世間の仕組みをどう話したらよいのだろう。
可愛いわね。
隣りに座ったおばあちゃんに、幼子の頭をなでたり触ったりしないで欲しい。
この子は、様々なものにアレルギーを持つ体質なのです。
あんたは、私の話をいつも聞いていないのよ。
いきなり、ハンコを押せと離婚届けを出されても戸惑うばかりです。
分かってはもらえぬだろうと思うのが普通です。
自分でも気づかぬ「心の闇」に、とろけるような言葉が浸み込むこともない。
心の内を正直に言えない。
言っては、相手を不快にさせてしまう。
こんな恐れから、言葉を飲み込んでしまう。
そうでしょうか。
言いにくいことだったでしょうに、言ってもらってよかった。
態度で示してもらってよかった。
人の言葉が入ってくるのは、イーブンな気持ちの時です。
相性の良い時は、心地よく入ってくるものです。
(ここまで、12月1日に投稿:筆者)
寒い朝、「私のマフラー、どこいったのよ」となじられる。
洗濯物を畳んだ私の責任追及の一幕でした。
さんざん探すもない。あったのは、ソファーの上でした。
畑にしていくのは汚れると、いったん置いたのでした。
やれやれ。お互い「あの、それ」のお年頃です。
考えてみました。
今は、「どうして傘が60本もいるのよ」とか、
「お客さんもないのに、コーヒー茶碗セットが5組もあるのよ」とか、
「このダンボール箱の山はなに」、と
(つまり役に立つだろうと貯めた頂き物の箱のことです。一間つぶれています。)
こんなことを言われます。
やれやれ。
面倒ですが、心が痛みますが、決断して言いましょう。
陰でこそこそ言うより、よっぽどましです。
あんたが、悪い。理由は、こうこうだ。
いつかは、言われるのですから。
今が、良いでしょう。
こんなに引っ張ったのに、この体たらくです。
言おうかな 言うのよそうか 小便さき
2019年12月4日