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あんた誰、私ね。
とうタイトルの絵です。
人との会話は、こうして始まる。
今日のタイトルは、「空き家の倒壊」です。
全国で、820万戸もある空き家です。
ぼろ屋でも建物が建っていれば、固定資産税が減免されることはなくなった。
一方、新築住宅信仰の熱が冷めない。
ローン減税などで後押しをしてきた。中古住宅取得者には、築年数などで制限があった。
いずれも国の施策で進められています。
呉市警固屋地区で聞いた話。
地主が土地を持ち、地代を払い上物を自分が建てる。
上物に住む人がいなくなったら、上物を解体し地主に返す。
川崎市でも事情は似たようなものです。
私は、現在空き家を借りて住んでいます。
放置した空き家に住むことは、どういうことなのか知りたかった。
住んでいた人が亡くなって、5年間放置された空き家はすさまじかった。
特に水回りがひどかった。
寒冷地故に、冬場は凍ることが常識の地域です。
水抜きはされていたものの、
井戸用ポンプ、太陽光温水器は完全に破壊されていた。
亡くなるくらいだから、家はゴミだらけで片づけられていなかった。
残念なのは、亡くなったあと片付けるというより、金目の物はないかと家探しをされていた。
震災で、北と東に30cm傾いていた。
軒樋は、当然のごとく逆流していた。
排水も心配したが、こちらは修繕して何とか使えた。
もっと驚いたことは、見知らぬものに空き家を紹介したときの対応であった。
住みたいんだったら、自分で片付けて修繕しろと言わんばかり。
仕事で来て、私はこんな扱いをなぜ受けなければならぬのかと疑問に思い哀しかった。
凄まじいのは、空き家だけでなく、庭木は伸び放題の荒れ放題、付随の畑は篠竹だらけ。
引っ越して二日後に、近所の方に道路に出っ張っている木を伐れと言われた。
連絡がちょっとつかないと、「もう帰ったんかと思った」と言われた。
粗大ごみの産廃と足が抜ける座敷や廊下と台所の張替えをし、くすんだ家のクリーニングをした。
片づけだけで、妻は毎日をつぶし、私は休みを使った。
地域おこし協力隊を採用した側の誰一人として手伝ってくれた人はいなかった。
何とか住めるようになったのは、半年後のことであった。
かかった費用は、一年間に支払われる給料と同じ200万円。
半分は、市役所が勧めてくれた補助金を使った。
しかし、ここまでしても都会に住む持ち主に払う家賃は決して安くなかった。
友人が紹介してくれた大工さんが、ぎりぎりの代金で、修繕してくれた。
大工さんが言われるには、修繕してまで住む価値は、この家にはありませんと言われた。
3年間、住めるぐらいの最低限の修繕にした方が良いですよとも。
これではと、移住を進める行政と地域の姿勢の本気度に疑問を持った。
本当は、困っていないんじゃないかとも。
移住して、3年目を迎え、地域の人も手が付けられないことなんだと実感した。
そんな折、傾いていた近所の古屋が、昨日音もなく倒壊していたことが判った。
かつては、賭場として使われたと、誰かに教えられた。
私は、腹をくくった。まず、空き家の持ち主の許可をもらった。
表通りから入る、かつての繁華街の通りにある空き家の草を刈り、うっそうとした庭木を剪定した。
散歩しても良いかなと思われるまで、半年かかった。
少しまともな古屋を「お試し居住」と称して、移住希望者に使っていただいている。
古屋の周りの草や木までは手が付けられない。補助金がカバーできるのは古屋の管理まで。
ましてやこの地域はこんなに価値があると説明するには、気が遠くなるような時間がかかる。
なにしろ耕作放棄地が続き、大地を緑に保つ農業が次世代に引き継がれることも困難なのである。
借りることになったカフェも、自宅と似たり寄ったりの惨状であった。
こちらは、地域の方が協力してくれた。
この人は、本気だぞと少しずつ思われてきたからである。
こちらでも壊れた機材とカフェの修繕に200万円を使った。
給料など残らない。国からいただく補助金は、修繕費の半分ほどであった。
イベント参加(手伝い)もできなくなった。
カフェの経営は当然のごとく赤字であった。
赤字になったのは、始めた私個人の負担となる。
遠くの人に呼びかけることはせず、ひたすら地域の人の集いの場所としての環境(清潔、便利、気安さ)を整えた。
少しでも黒字にしない限り、若い人に繋げられないと頑張っている。カフェの経営に補助金は使っていない。
カフェを中心に働いているが無給である。あくまで地域おこしの仕事なのである。
なぜこんな苦労をするのか。
地縁も血縁もないのに。
ここが好きだから来たわけでもない。どこでもよかった。
苦労は当然の、仕事だから。それだけです。
私は、変化が見たい。
価値とはなんなのか知りたい。
潤いとはなんなのか、発信し続けたい。
おらが村の自慢をしたくなるまで続けたい。
恩返し やがて日本に 地球まで
2018年5月23日
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