故郷へ恩返し

故郷を離れて早40年。私は、故郷に何かの恩返しをしたい。

さなさんー3

2014-12-15 00:48:07 | 短編小説
 さなさん

第三話 桟橋拡張

「初めの仕事は、桟橋の拡張からかかります。」
伊藤は、工事の手順を丁寧に説明しました。
工事に必要な機材や資材を船で運ぶため、最初の仕事は桟橋の
拡張工事と、海軍の船のきっすいより深く、海底を掘ることでした。

村長は、工事に必要な人数を集めるよう部落長に指示しました。
最後に伊藤から、工事に関する注意事項が語られました。
この工事のことは、他言無用ときつく約束させられたのでした。
若さに似合わず、伊藤の説明は、部屋にいる一同を妙に納得させるものがありました。
花冷えの頃だというのに、伊藤の説明の間、部屋の中には熱気がこもっていました。
光男は、村にはいないタイプのこの伊藤に最初から信頼を寄せる何かを感じました。
皆は、無言で帰って行きました。

苗床つくり、田植えの合間をぬって、工事要員は各部落から順番に送り
出されてきました。漁師たちも例外ではありませんでした。
役場で説明があった翌日から工事は始まりました。
集まった工事要員の50名ばかりを、5人ずつの班、10班に分けました。
班の名前はなぜかアルファベットでした。干潮時には、桟橋までの波止め
拡張工事に8班が動員されました。
海軍が調達したポンプ式しゅんせつ船で海底の泥が掘られ、太い鋼鉄で
できた金網の上で、泥と海水に分離されます。残った泥は、二人でかつぐ
もっこで陸揚げされます。その泥は、少し離れた干潟まで馬が運びます。


  魚とり

子供達は、急に始まったこの工事を見るのが楽しくてたまりませんでした。
むしろ興奮気味でした。
「こっちに、なんかおるど。さな、浅いほうへ追い込むけんの。」
ガキ大将の高志が、みんなに指示を出しています。
ある時は、泥と一緒に吸い上げられた小魚が、浅瀬に迷い込んで逃げ場を失います。
そんな小魚を追い込み、子供達は網ですくい、また手づかみで取ります。
掘り出されてくる泥に混じって現れるとり貝やおう貝を夢中になって拾い集めるのでした。

 
 魚はどこ


さなは光男と一緒に作業を手伝っている伊藤に恥ずかしげに大きな貝を
渡しました。数日前にとった砂抜きの貝でした。
「ほう、こりゃ立派な貝ですね。」
伊藤は初めて聞く島なまりのない言葉で礼を言いました。
さなはその太い若々しい声にどきどきしました。

光男達石工は、深堀をした海に浮かぶ桟橋をめがけて、波止めの拡張作業をしていました。
波止めの拡張に使われた石は、すべて山の沢沿いから運び出されました。
どこにある石を運び出すか、伊藤は的確に指示を出し、
馬を使って桟橋まで運ばせました。
島の狭い道は、往復する馬と大八車と人で海に零れ落ちんばかりでした。
梅雨前には、新しい頑丈な桟橋が完成しました。
もう、板を渡って定期船に乗り込む必要はありません。
海軍が調達した船が頻繁に入るようになりました。
海軍の船は、規則正しい静かなエンジン音を出す最新式の鋼鉄製の船でした。

(つづく)
コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« さなさんー2 | トップ | 針小棒大 »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

短編小説」カテゴリの最新記事