昭和記念公園のコスモス
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いま流行している「元気になる」本
司祭が書いた本です。
どうも、坊さんとか牧師さん
あるいは心理学学者が書いたものは
胡散臭い。
自分が善で読む人は未熟者
あるいは病んでいる人
そんな図式が最初からある。
そして、自分の説を語るとき
経典、聖書、ユングとかアドラーとかを引き出す。
ますます怪しい。
著者の汗が見えない。
この本、電車の中で読んでいて
とても気恥ずかしくなりました。
一行読んだだけで、そのネタと展開が見えるのですね。
そう、この感じは、某大学で聖書学の講義を聞いたときと同じ
どうも、関係の固定(悪いものとそれを許す。あるいは導く)に原因がありそう。
それはそれ、その人が見えない本は匂いも味もしない。
自分を励ますというより作法を学ぶためには
旧約聖書の「シラ書」(集会の書)が参考になる。
一人で淋しいときには「ダンマダマ」や「スッパニパータ」が
世の中、そんなものだと教えてくれる。
信者でなくても、参考になることがある。
信者の方や、教えを説きたい人には申し訳ないけど
そんな読み方をしている。
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いま流行している「元気になる」本
司祭が書いた本です。
どうも、坊さんとか牧師さん
あるいは心理学学者が書いたものは
胡散臭い。
自分が善で読む人は未熟者
あるいは病んでいる人
そんな図式が最初からある。
そして、自分の説を語るとき
経典、聖書、ユングとかアドラーとかを引き出す。
ますます怪しい。
著者の汗が見えない。
この本、電車の中で読んでいて
とても気恥ずかしくなりました。
一行読んだだけで、そのネタと展開が見えるのですね。
そう、この感じは、某大学で聖書学の講義を聞いたときと同じ
どうも、関係の固定(悪いものとそれを許す。あるいは導く)に原因がありそう。
それはそれ、その人が見えない本は匂いも味もしない。
自分を励ますというより作法を学ぶためには
旧約聖書の「シラ書」(集会の書)が参考になる。
一人で淋しいときには「ダンマダマ」や「スッパニパータ」が
世の中、そんなものだと教えてくれる。
信者でなくても、参考になることがある。
信者の方や、教えを説きたい人には申し訳ないけど
そんな読み方をしている。