あきオジの風景

写真、そして、俳句(もどき)
毎日更新しています。

夏模様わたる電車と入る電車  あきオジ

2011-07-04 16:08:14 | 日記
聖橋から電車を眺める
飽きませんね。

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菜の花や淀も桂も忘れ水  言永

(いかにも江戸時代の関西の風景ですね。典型的な俳句風の整い過ぎた句ですね。)

山吹や葉に花に葉に花に葉に  太祇

(江戸時代の俳句は、いわゆる言葉の遊びと表裏になっているのですね。それでいいのか悪いのか、そんなことは分かりませんが時代の気分を感じますね。)

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うどん屋の南部風鈴鳴りはじめ  あきオジ

雨上がり野球少年帰路につき  あきオジ

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孔子さえ夏帽ほしがる様子なり  あきオジ

2011-07-04 15:58:15 | 日記
湯島の孔子像

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こほりぎやなくやころころ若い同士  一茶

春立や菰もかぶらず五十年  一茶

(とはいえ、一茶も豪勢な生活をしていたわけではない。そこそこでいい。そんな諦観を感じますね。)

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何もかも消えてしまう猛暑なり  あきオジ

野球児の日焼けの腕にも雨は降り  あきオジ

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蔦伸びてトンネルわたる風涼し  あきオジ

2011-07-04 06:01:31 | 日記
お茶の水の聖橋のトンネルです。

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まつたく雲がない笠をぬぎ  山頭火

(この句は代表句の一つなのでしょう。好きな句の一つです。淡々としていて情感がある。「まったく」の使い方に山頭火を感じますね。)

ほんとうに秋空一碧  山頭火

(この句も、楽天的で行動的な山頭火の生命力を感じますね。放哉の体力的には自信が無いけれど、評論なら負けない。そんなタイプの俳人が、懸命に世捨て人を求めているのとは違っていますね。)

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時代越え残る記念塔の真夏なり   あきオジ

2011-07-04 05:51:17 | 日記
押上から業平橋に廻ってみました。
でも、見上げる塔には量感はあっても、高さは感じません。
やはり、そこそこの距離から見るのがよいようですね。

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ただ風ばかり吹く日の雑念  放哉

めしたべにおりるわが足音  放哉

(どうしようもない淋しさを感じながらも涙することは句にしない放哉の強がりこそ、俳句的世界ですね。芭蕉のような修行的なものが俳句世界を支配し、川柳的な世界が隅に追いやられるのも日本的ですが、「ゆるみ」のある俳句がいいですね。神経質な技巧的なものより「大人」を感じます。文人俳句にはそのような香りが残っていますね。今の時代の作家にもいますかね。)

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日焼けした腕つきあげる競技場  あきオジ

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大提灯真夏をうける潔さ  あきオジ

2011-07-04 05:41:48 | 日記
久しぶりの浅草です。
外国人の姿が少なくなりましたね。

来週からほうづき市や朝顔市が始まりますね。
季節を感じる行事には出かけたいですね。

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幾重ある菩提の花を数えみよ   良寛

昼顔やどちらの露の情やら  良寛

(良寛の俳句とも和讃ともいえる独特のスタイルはいいですね。軟らかく説教調でもなく淡々としているのがいいですね。)

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猛暑ですね。
クーラーを使いました。

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