たむたむの独り言

写真を中心にした情報です。

自分が住んでいた家の場所が特定できない。

2011-11-07 18:07:49 | Weblog

2011113日(木)、昨夜は長良橋のたもとに昔からあった長良川温泉の旅館に泊まった。 昨日は岐阜市内に入ってから宿まで、新しい道ができていて昔と全く町の様子が違っていたため辿りつくのに苦労した。

 ほんとうは明るいうちに着いて、昔住んでいた家の跡まで散歩がてら行ってみようと思っていた。しかし、ナビが間違っていると思って信じなかったため道に迷ってしまい、宿に着いた時には暗くなってしまっていた。

 そこで今朝早く朝食前に出かけることにした。 町の様子は変わっていたが、昔バス通学していた時と同じバス停が同じ名前で同じ場所にあった。家はその並びで数軒先だったのだが、周りの家が変わってしまっていて、どこおが自分の家だった場所なのかがはっきり特定できない。 それ でも、現在駐車場になっている場所か隣の3階建ての新しい家のどちらかだろうと言うところまではわかった。 向かいにあった県職アパートも建て替えられて位置も変わっている。 しかし、近くの小学校と高校は建物は変わっていたが同じ場所にあったので間違いはないだろう。 ここを引き払ってから40年近くになる。 建物は変わっているが町の感じは昔とあまり変わっていない。

3040分かけて昔住んでいたあたりと、最初に通った小学校を回って宿に戻った。 あれから46年という月日が過ぎ去ったとはとても思われなかった。 隣のおばさんが今にもひょっこり家から出てくるのではないかと思われた。

ひと風呂浴びてから朝食を食べ、朝一番のロープウエイで金華山に登り岐阜城から市内を一望する。 長良橋と昨夜泊まった宿、昔住んでいた町内が眼下に見下ろすことができる。 鵜飼のシーズンは終わっていたが、こんな機会がなければ岐阜に来ることはなかっただろうと、友人も満足してくれたようだ。

 

〈岐阜城天守閣から眼下を流れる長良川と自分の住んでいた街を見下ろす。〉 

 〈岐阜市の市街地を流れる長良川は、今も昔と変わらず水が澄んでいた。〉

〈今は鉄筋コンクリートで復元されている岐阜城。斎藤道三や織田信長ゆかりの城である。高校時代は毎日この城を眺めながら通学していた。〉 

コメント
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