大宮地域の小場新町の県道沿い。
きれいに草刈りしてある道路に面した斜面に、いくつかの石碑とともに
子供を抱いた観音様が祀られています。
この観音様は、膝を立てた如意輪観音ですが、ふところに子供を抱いている姿です。
こういった姿の観音様を子安観音と呼び、常陸大宮、特に大宮地域では多く、
江戸時代の1700年代から明治時代まで作られました。
この観音様も1700年代に作られたもののようです。
子安観音を建立し、信仰していたのは、集落の女の人の集まりであった子安講。
かつては、出産子育ては命がけでしたから、
年に何回か、決まった日に、女の人が集まって、励ましあい、悩みを相談しあい、
安産や子育てのお祈りをしたそうです。
子安講は、どこの集落でも行われていました。
現代では失われてしまった子安講ですが、
今でいう子育てサークルや赤ちゃんの駅みたい。
昔も今も、町でも里でも、母親たちの苦労は変わらない。
かわいい三毛猫が、羽虫でもいるのか、遊んでいました。
私に気づくと逃げて行ってしまいました。
きれいに草刈りしてある道路に面した斜面に、いくつかの石碑とともに
子供を抱いた観音様が祀られています。
この観音様は、膝を立てた如意輪観音ですが、ふところに子供を抱いている姿です。
こういった姿の観音様を子安観音と呼び、常陸大宮、特に大宮地域では多く、
江戸時代の1700年代から明治時代まで作られました。
この観音様も1700年代に作られたもののようです。
子安観音を建立し、信仰していたのは、集落の女の人の集まりであった子安講。
かつては、出産子育ては命がけでしたから、
年に何回か、決まった日に、女の人が集まって、励ましあい、悩みを相談しあい、
安産や子育てのお祈りをしたそうです。
子安講は、どこの集落でも行われていました。
現代では失われてしまった子安講ですが、
今でいう子育てサークルや赤ちゃんの駅みたい。
昔も今も、町でも里でも、母親たちの苦労は変わらない。
かわいい三毛猫が、羽虫でもいるのか、遊んでいました。
私に気づくと逃げて行ってしまいました。