かわたれどきの頁繰り

読書の時間はたいてい明け方の3時から6時頃。読んだ本の印象メモ、展覧会の記憶、など。

【メモ―フクシマ以後】 原発・原爆についての言表をめぐって(43)

2025年01月24日 | 脱原発

2017年1月15日

 ニューヨーク市近郊のインディアンポイント原発を閉鎖するというニュースがあった。人口密集地域に近く危険だと廃炉を訴えてきた米ニューヨーク州のクオモ知事が2基の原発を2020~21年に停止させることで電力会社エンタージーと合意に達したという。福島事故後に閉鎖を求める声が強まったことを受けた政治的判断があったのである。
 政治的判断といえば、この11日に台湾の立法院で2025年までの脱原発の実現に向けた改正電気事業法が成立した。台湾でも福島事故後に高まった反原発の世論を受けて、政治が国家レベルでの脱原発に踏み切ったのである。 
 二つともいいニュースだが、どちらも福島事故から学んでいるというのが重要であろう。多大な犠牲を出して福島事故を経験した私たちが学んだものは多い。しかし、福島事故から学んだ政治が実現しているのはすべて外国である。日本の政治家や官僚は何を学んだのだろう。隠ぺいの技術や、ごまかしのテクニックをひたすら磨き上げただけのようにしか見えないのが、なんともわびしい。日本は素晴らしい、日本人は優秀だなどと騒ぐテレビ画面のバカ面が目に浮かぶ。


2017年2月5日

 東京電力は、1月末に1F2号機の内部撮影を行い、圧力容器の下の作業台の大きな穴や溶融燃料(デブリ)らしい塊を見つけた。そのときの映像ノイズから格納容器の内側(圧力容器を支える円筒の外側)で放射線量が530Sv/hrに達すると推定した。そこはメルトダウンして圧力容器から落ちたと思われる場所から離れていて、なぜそのような高線量になっているか分からないのだという。このことは広範に高放射能汚染が広がっている(デブリが飛散している)ことを示唆していて、廃炉の道筋がいっそう暗澹たるものになったと言えよう。
 530Sv/hrは強烈な放射線量である。人間は積算線量3~10Svで骨髄死、8Sv以上で腸管死、20Sv以上では中枢神経死となると言われている。530Sv/hrの場所に1分もいれば確実に死に至るのだ。
 しかし、ニュースを見る限り、マスコミは530Sv/hrという数値に驚愕しているように見えるが、そもそもその原子炉のほんの一部が空中に吹き飛んだだけで10万人以上が避難しなければならないほどの放射能がまき散らされたことを考えれば、原子炉内がその程度の高線量というのは当然である。もともと原発というのはそういう存在だ。核分裂がもたらすのはそういう結果であることは物理的には自明である。今さら驚く方が不思議なのである。
 おそらく、じっさいには廃炉は困難であろう。たとえ可能であっても数十年という年月を必要とするだろう。チェルノブイリは早々に廃炉を諦めて石棺として封じ込める道を選んだ。東電1Fも汚染地下水の流出を封じる手立てをして石棺化を図るのが現実的だろう。しかし、「それでは福島の人たちの心が壊れるのではないか」と主催者は畏れる。石棺化は、チェルノブイリがそうであったように、東電1Fの近隣地域の永久的な遺棄につながってしまう。
 女川、伊方、川内をそのような故郷にしてしまうのか。誰が考えても答えは明らかだと思うのだが、なぜか日本の政治家と経済人にはそのことがまったく通用しない。

 仙台の郊外で地域医療に携わっているお医者さんの話で、その地域では今までほとんど見られなかった膠原病や白血病になる人が現れたばかりではなく、甲状腺の患者さんが増えたという。このような事実が、みんなには届いていないことが問題ではないか、ということだ。
 その話で思い出したのは、チェルノブイリでもこれまで全く見られなかった甲状腺がんの患者が3人も現れたとき、原発事故によると確信されたお医者さんがいたというニュースだった。しかし、IAEA(国際原子力機関)やICRP(国際放射線防護委員会)からは、統計的に有意義ではないと無視された。
 たしかに何十万人の中の3人であれば、統計的には有意義ではない。しかし、地域医療に携わっていれば、その母数ははるかに小さい。何よりも、職業医師としての人生で初めて3人の患者が同時に現れれば、放射線被ばくの影響を疑うのはきわめて正常な科学的態度である。結局、世界は甲状腺がんの異常な発生が放射能の影響であることを認めざるをえなかったが、それは事故後だいぶたってからである。
 甲状腺癌ばかりではない。おそらく、日本でも経験的に様々な異常を感じている医師がたくさんいても、それが表に出てきていないのではないかと思う。統計的な確度に自信がないということもあるだろうが、多くは陰に陽に働く圧力のせいではないか。はっきりした形をとらない圧力というものが、この社会に張り巡らされているだろう。それが権力というものだと言ったのは、ミシェル・フーコーである。

 東電1F2号機の格納容器の写真の記事に続いて、東京電力は今月中にもロボットを投入して格納容器内を調べるというニュースもあった。
 前にも何度か失敗しているように、今度もおそらくロボット投入直後に動かなくなるだろう。失敗する可能性が極めて高いのだ。格納容器内の530Svという線量の推定が写真のノイズから推定したというのは、カメラが放射線損傷を受けている程度から判断したということである。高エネルギーの放射線は、どのような固体材料においてもその原子配列を壊す形で損傷を与える。
 その物理的性質がもっともダメージを受けやすい固体材料は半導体である。半導体の性能は、きれいに配列した母体結晶に導入されたごく少量の不純物が作る電子(または電子空孔)のある定まったエネルギー順位で決まる。放射線損傷は母体結晶の原子配列を乱雑に壊してしまい、いろんな種類の格子欠陥(電子レベルでは不純物と同じ役割をする)が大量に(様々なエネルギー順位が大量に)発生するので、電子制御できる半導体ではなくなる。格納容器に投入されるロボットの制御部分は半導体からなる集積回路で構成されているので、格納容器内ではあっという間にその性能を失ってしまう(制御部分を格納容器内に突っ込むバカはいないだろうが)。
 半導体ばかりではなく、カメラのレンズもあっという間に不透明になってしまうだろう。ソーダガラスであれ石英ガラスであれ、それが透明なのは光を吸収する電子のエネルギー順位が存在しないためである。半導体の場合と同様に、放射線損傷はガラス固体の中に様々な電子のエネルギー順位を大量に作ってしまい、それが光を吸収してしまう。ガラスが放射線損傷で真っ黒になるのはよく知られた事実である。(ちなみに、私は、私の研究生活の最初期の短い期間、半導体や金属合金の放射線損傷をテーマにしていた。1個の放射線が固体内のどれだけの原子配列を壊すか、モデル計算をしたことを思い出した。)
 高エネルギー放射線の大量被ばくの前では、人知を絞ったロボットもまったく無力なのである。どんなに科学が発達しても、人間にはできないことがあるのだ。それを知ることこそ科学そのものの前提なのである。


 

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