かわたれどきの頁繰り

読書の時間はたいてい明け方の3時から6時頃。読んだ本の印象メモ、展覧会の記憶、など。

【メモ―フクシマ以後】 原発・原爆についての言表をめぐって(15)

2024年09月07日 | 脱原発

2014年7月18日

 2014年7月16日、原子力規制委員会は九州電力川内原子力発電所1、2号機が新規制基準に適合する審査書案を提示した。しかし、田中俊一委員長は、記者会見で「安全だということは、私は申し上げません」だとか、「ゼロリスクだとは申し上げられない」と発言した。
 このニュースを聞いて、思わず「それはないよ!」と叫んでしまった。政府のアリバイ機関でしかない規制委員会に期待してはいなかったのが、こんな身も蓋もない自己矛盾の(というより自己否定的な)発言があろうか。
 原子力規制委員会設置法第3条(任務)はこう定めている。「原子力規制委員会は、国民の生命、健康及び財産の保護、環境の保全並びに我が国の安全保障に資するため、原子力利用における安全の確保を図ること(…中略…)を任務とする。」 
 新規制基準に適合する審査結果が原発の安全を担保しない、という田中委員長の発言は、規制委員会の「任務」を果たしていないことを意味する。「原子力利用における安全の確保を図る」ことのできない審査書案は、原子力規制委員会設置法に則っていない。法的に無効である。
 田中委員長は「新規制基準に適合しているかどうかを審査するだけ」だというが、安全を確保できない「新規制基準」なるものを作ったのはいったい誰だというのか。規制委員会そのものではないか。
 地震時の最大の揺れを540ガルから620ガルに引き上げたので良しとするなどという些末なことをどうのこうの言うつもりは毛頭ない。関電大飯原発についての福井地裁判決がどの程度の規模の揺れを判断基準にしていたかを考えれば、笑うべきごまかしだ。
 規制委員会は正しい目的に適した規制基準を作ることに失敗していたということではないか。だとすれば、早急にやるべきことは、原発の安全を担保する新「新規制基準」を早急に作ることしかないはずだ。
 さらに田中委員長は、「再稼働は事業者、地元住民、政府の合意でなされる」と述べたという。これは一見もっともらしく聞こえるが、安倍首相が日頃から、安全が確認された原発から再稼働すると言明していることを知らないはずがない。
 ましてや、安倍政権はエネルギー基本計画の閣議決定に「規制委が基準に適合すると認めた原発は再稼働を進める」と明文化している。案の定、管官房長官は「原発の安全性は規制委に委ねている」と発言している。
 設置法第1条(目的)に、「その委員長及び委員が専門的知見に基づき中立公正な立場で独立して行使する原子力規制委員会を設置し、もって国民の生命、健康及び財産の保護、環境の保全並びに我が国の安全保障に資することを目的とする」とある。
 法的にも常識的にも、規制委は国内唯一の「専門的知見」によって原発の安全を確保すべく期待された組織である。にもかかわらず、再稼働の判断の基となる安全についての判断を放棄しながら、新基準をクリアしたとする審査書案を提出するのは、いかなる《知》の崩壊なのか。
 ソーカル-ブリクモン流に言えば、「《知》の欺瞞」、「《知》のペテン」がここにはある。ソーカルとブリクモンは、ポストモダンの思想家たちの自然科学的知識の濫用、誤用を厳しく批判したものだが、規制委に見られるのは自然科学者の自己崩壊的な「《知》のペテン」だけである。
 専門的知見を有するとされる規制委の決定には、人類が歴史的に求め続けてきた「知」の力というものがない。日本の国民が一定の敬意を払ってきた「学者」の矜恃というものがない。権力機構に組み込まれた知識人、学識経験者と呼ばれる者の卑怯、未練しかない。
 田中委員長や1年後輩の私が学んだ東北大学工学部原子核工学科は、「知」と「学」の府ではなかったのか。そこで学んだ者のあらゆる思考が、原発の存在を前提とすることから逃れられないなら、それは大学で学んだ者の「知」とは呼べない。たかだか原子力技術についての職業訓練校で獲得した知識程度のことに過ぎない。
 東北大学は、そんなにも「知」から遠かった大学だったのだろうか。私は大学院修士課程修了をもって原子力工学から離れ、固体物理学に転じ、同じ東北大学の理学部物理学科教授として職を終えた。いま、大学をこのような形で振り返るというのは、じつに不快なことだ。
 大学の「知」が脆弱化していることはつとに指摘されていて、私もそれを認めてはいる。だが、日本国民の未来の生命の明白な危険を前に、法的な立場にもかかわらず、「知」の判断から逃亡するほどに劣化しているとまでは思いもしなかった。
 いや、すべての前提を無視すれば、「安全だということは、私は申し上げません」という田中委員長の言葉を是とすることができないわけではない。いかなる厳しい審査基準、世界で一番厳しい審査基準(嘘だが)を満たそうとも原発は安全ではない、安全な原発は存在し得ないという田中委員長の学者としての認識が、「安全だということは、私は申し上げません」という言葉の背後にあるのではないか。
 そうであれば、それは間違いなく科学的に正しい認識である。まだ遅くはない。そのような正しい「専門的知見・認識」によって規制委を運営する機会は厳然と残されている。2014年7月16日を日本の原子力工学の汚辱の記念日にしないためにも、将来の国民の「安全の確保を図る」ためにも、規制委にできることはたくさんある。


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【メモ―フクシマ以後】 原発・原爆についての言表をめぐって(14)

2024年09月03日 | 脱原発

2014年5月23日

 2014年5月21日、いいニュースが三つ続いた。

(1) 「第4次厚木基地騒音訴訟」で、横浜地裁は、午後10時から午前6時までの間、やむを得ない場合を除き自衛隊機の飛行差し止めを命じる判決を言い渡した。
(2) 沖縄県教委は、教科書共同採択地区から竹富町の分離を決定した。この決定は、八重山地区教科書採択問題で竹富町を訴える構えを見せていた文科省にその訴訟を諦めさせた。
(3) 「関西電力大飯原発3、4号機運転差し止め訴訟」において福井地裁は、「原子炉を運転してはならない」という判決を出した。

 経験的に言えば、上級審ほど当てにならなくなる。高裁、最高裁と上がるにつれて人事に体制的なバイアスがかかるからだ。ましてや最高裁は、政治の側のピックアップ人事があって、最大の体制バイアスがかかっている。しかし、裁判官といえども時の世論には一定の配慮をするだろうし、福島原発事故が起きてしまったという事実は大きいだろう。だからこそ一層、福島原発事故の実態と真実を明らかにしなければならないし、反原発・脱原発の世論を高めなければならない。それは間違いない。
 判決文そのものは、添付資料を含めて117ページに及ぶ長文である(私は「原子力資料情報室」のサイトから判決謄本のpdfファイルをダウンロードした)。
 主文はあっさりと次のように断言する。

 被告は,別紙目録1記載の各原告に対する関係で、福井県大飯郡おおい町大島1字吉見1-1において,大飯3号機及び4号機の運転をしてはならない。(「関西電力大飯原発3、4号機運転差し止め訴訟」福井地裁判決謄本、p. 1)

 判決は、原子炉の仕組みから始まり、使用済み核燃料の保管方法の説明からその危険性の評価、耐震設計とその審査など仔細に言及する。しかし、なによりも重要なことは、原発の安全性(危険性)を考えるための最も根源的な法的基盤を「人格権」に求めている。それは「第4 当裁判所の判断」という章の「1 はじめに」で決然と述べられている。   

 個人の生命,身体,精神及び生活に関する利益は,各人の人格に本質的なものであって,その総体が人格権であるということができる。人格権は憲法上の権利であり(13条,25条),また人の生命を基礎とするものであるがゆえに,我が国の法制下においてはこれを超える価値を他に見出すことはできない。(p. 38)

 それに続く「2 福島原発事故において」の節で述べられた次の文章に、私は一番感動した。

原子力発電所は,電気の生産という社会的には重要な機能を営むものではあるが,原子力の利用は平和目的に限られているから(原子力基本法2条),原子力発電所の稼動は法的には電気を生み出すための一手段たる経済活動の自由(憲法22条1項)に属するものであって,憲法上は人格権の中核部分よりも劣位に置かれるべきものである。(p. 40)

 脱原発デモで「たかが電気のために」というプラカードがあって、ネットではそれに反発する考えも散見されたが、この判決は、「たかが電気のために」という私たちのいわば感覚的主張を、憲法に基づく人格権によって確固とした法哲学、社会正義の考え方として明示しているではないか。たかが電気を作る一手段が人格権を前にして何ほどのことがあろうか、と主張しているのだ。
 このような法的な考えに基づけば、原発推進を唱える人びとがよくする主張にたいしても、「危険性を一定程度容認しないと社会の発展がさまたげられるのではないかといった葛藤が生じることはない」(p. 40)と一蹴する。
 さらに注目すべき論述が「9 被告のその余の主張について」で為されている。ここには原発問題を考えるうえで極めて重要な法哲学、社会正義の考え方が示されている、と私は考える。第9節の全文を示しておく。

9 被告のその余の主張について
 他方,被告は本件原発の稼動が電力供給の安定性,コストの低減につながると主張するが(第3の5),当裁判所は,極めて多数の人の生存そのものに関わる権利と電気代の高い低いの問題等とを並べて論じるような議論に加わったり,その譏論の当否を判断すること自体,法的には許されないことであると考えている。我が国における原子力発電への依存率等に照らすと,本件原発の稼動停止によって電力供給が停止し,これに伴なって人の生命,身体が危険にさらされるという因果の流れはこれを考慮する必要のない状況であるといえる。被告の主張においても,本件原発の稼動停止による不都合は電力供給の安定性,コストの問題にとどまっている。このコストの問題に関連して国富の流出や喪失の議論があるが,たとえ本件原発の運転停止によって多額の貿易赤字が出るとしても,これを国富の流出や喪失というべきではなく,豊かな国土とそこに国民が根を下ろして生活していることが国富であり,これを取り戻すことができなくなることが国富の喪失であると当裁判所は考えている。
 また,被告は,原子力発電所の稼動がCO2(二酸化炭素)排出削滅に資するもので環境面で優れている旨主張するが(第3の6),原子力発電所でひとたび深刻事故が起こった場合の環境汚染はすさまじいものであって,福島原発事故は我が国始まって以来最大の公害,環境汚染であることに照らすと,環境問題を原子力発電所の運転継続の根拠とすることは甚だしい筋違いである(p. 66、太字強調は小野寺による)

 名文である。文章作りが上手いかどうかよりも、書くべき内容が文章の美を決定するという典型的な例ではないだろうか。判決文という硬い文章にもかかわらず、とても美しい文章だと私は思う。正しい社会正義の品格が顕現している文章と言っていい。
 しからば、間違った悪しき考え・思想に基づく文章は悪文である、と言いたくなる。しかし、ほんとうにそうなのかどうか、私にはよく分からない。
 そのことを考える一例として、読売新聞の「大飯再稼働訴訟 不合理な推論が導く否定判決」と題した差し止め判決を非難する社説をあげておく。
 私は読売新聞を読むことはないのだが、東京大学の安冨歩先生のツイッターで、先生が「「大飯原発3,4号機運転差止請求事件判決」に対する読売新聞の社説の分析」と題するブログ記事を書かれていることを知って、そういう社説があることも知ったというわけだ。
 『原発危機と「東大話法」 傍観者の論理・欺瞞の言語』 [1] を著わされた安冨先生は、当然のことながら、この読売社説の欺瞞性を厳しく批判している。ブログは、出だしから快調に飛ばす。 

大島堅一教授が指摘していたが、「大飯原発運転差止請求」なのであって、「再稼働訴訟」ではない。社説のタイトルからいきなり、名を歪めている。原告は、「再稼働するな」と言っているのではなく、「そもそも運転すんな」と言っているのである。

 中身の引用は控えておきたいと思うものの、この楽しさ、心地よさにたまらず、「出だし」に呼応する「締め」の部分も引用してしまうのだ。

大島堅一立命館大学教授のツイートを引用しておく。私と違って温厚な大島氏の発言である。

大島堅一@kenichioshima
読売の社説は、阿呆が書いたと思われても仕方がない。判決文、全文読んだんだろうか。しかも「再稼働訴訟」とか書いてるし。判決では「大飯原発3,4号機運転差し止め請求事件」と書いてある。略すとしたら、「大飯原発差し止め訴訟」だろ。名称まで歪めるとは。    

[1] 安冨歩 『原発危機と「東大話法」 傍観者の論理・欺瞞の言語』 (明石書店、2012年)。


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【メモ―フクシマ以後】 原発・原爆についての言表をめぐって(13)

2024年09月01日 | 脱原発

2014年4月11日

 デモから帰ってきたら『週間金曜日』4/11号が届いていて、辺見庸さんと佐高信さんの対談が掲載されていた。「戦後民主主義の終焉、そして人間が侮辱される社会へ」というタイトルで、(上)とあるので続きもあるらしい。
 辺見庸さんの言葉はいつものように厳しい。政治的な情況を語る対談だが、なかに反原発運動に触れた箇所があった。

 もうひとつの、サブスタンスとロールという問題でいえば、ぼくはどうしたって物書く人間なものですから、集会でね、日比谷の野音かどこかでね、白いテーブルクロスしたところにみんな偉そうに座ってね、あれすごく嫌いなんですよ。
(……)
 何十年も原発をほったらかしてきたくせに、今頃偉そうな顔して言うかって思うわけです。そういうときに、ロールではなくて、人としてのサブスタンスが問われてくるんだと。 (p. 20)

 辺見さんの言葉は、ジャーナリストや知識人へ批判の流れの中で語られているのだが、当然のように、それは私にも突き刺さってきた。
 大学、大学院修士課程まで「原子力工学」を学んでいた私は、当時、反原発という動きの中にもいた。それも理由の一部として原子核工学科を追い出された私は、拾ってもらった物理系の研究室で「ほっと」して物理学者への道を選んだ。
 「ほっと」したというのは、就職ができたということもあったが、もう原子力工学をやらなくてもいいという気分が大きかった。それを裏返せば、原発-反原発という構図の現場にもう居なくていいんだという気分があったのだと思う。もう少し突き詰めて言えば、反原発を担う責任のようなものも軽くなったと思っていたのではないかと、今になればそう思うのである。
 辺見さんが言うように、それはロール(役割)としての生き方だったということである。20歳ちょっとの時の反原発はロールとして演じられ、私の存在のサブスタンス(実質)にはなっていなかった、ということだ。
 東電福島第1原発の事故のニュースを聞いたとき、当然のように愕然としたのだが、それは拡大し続けるであろう被害や回復不能な放射能汚染を想像できる知識が私にはあったということでもある。だから、原発が危険であることを専門的知識として学んだ人間が、「何十年も原発をほったらかしてきたくせに」、いまさら事故に愕然としている。そういう自分に重ねて落胆したのだった。
 そのような気分のなかで思ったのは、「それ見ろ、原発は危険だと私が言ったではないか」みたいなことを突然語り出す知識人や政治家や活動家がうじゃうじゃ出て来るだろうということだった。そして、原子力を学んだ私自身こそがそんな薄汚い言動をやりそうではないかと、それをとても怖れた。事故後、一年くらいは友人、知人にもあまり原発事故の話はしなかった。まして、机を並べて原子力工学を学んだ大学時代の友人と連絡を取り合うこともなかった(たぶん、立場は違うにしても友人たちも避けていたのだろうと思う)。
 原発事故後はしばらくしょぼくれて、ある意味では行動不能に陥っていたが、今さらとはいえ、原発は止めなければならないとはもちろん思いつづけていた。ちょうどその頃、「脱原発みやぎ金曜デモ」が組織され、始まったのだった。せめて、デモの後をついて歩くことぐらいはやろうと考えたのだった。
 しかし、原発、原子力、あるいは原子核物理であれ、私が専門として学んだことを人前で話すなどという気分にはとうていなれない。そういうロールを担うということにまだ抵抗があった。2,3度ほど頼まれた集会でのスピーチも断った。突然振られて断り切れなかったときには、原発の話はしなかった。 
 辺見さんは、次のようにも語っている。

 田原総一郎をはじめとするいわゆるジャーナリスト、拡大していえば大江健三郎みたいな人も含めた「良心的な知識人」たちが、いや、だれより私自身なのですが、いま、自分で匕首(あいくち)を自分の喉もとにつきつけて話すくらいの覚悟は要ると思います。 (p. 19)

 そう出来ればと思うものの、かなり難しい。私などは、自分に突きつける匕首を探すことから始めなければならない。その次にはきっと匕首を研がなければ意味をなさないだろう。
 辺見さんの原発事故に触れた箇所だけを取り上げたが、佐高さんとの対談は日本の政治・社会状況全体についてなされていて、それについての辺見さんの決定的な一言。

 とことん、やるのか、死ぬ気でやるのか。そこまで追い詰められているはずですよ、いまの情況は。 (p. 21)


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