今週は濃密だった。
週5日勤務のうちの1日分に、ゴールデンウィーク勤務の代休を当てたので、3日間休める計算なんだけど、その3日のうち2日は山菜採りに出かけなければならない(雨で1日しか行けなかった)。
また、3日間は、陸上競技会の審判をすることにもなっている。足し算すると合わないけれど、審判や山菜採りが終わり次第、夜の勤務につけば何とかなってしまうんです。
仕事も山菜も陸上競技も、今が最盛期だから、仕方がない。
でも、かなりくたびれるんだよなあ。
最近の育児や家事、教育、仕事など多方面の分野で、『べき』と『ねば』に対する警告が聞こえてくる。この『べき』と『ねば』という思い込みに捕らわれすぎると精神衛生上、あまりよろしくないらしい。具体的には、鬱とか自殺とかにつながってしまうみたいです。ちょっと怖いけど、なんとなく分かる気がします。
そう言えばマタギの場合、家族の暮らしのためにも自分自身のためにも、仕事はせねばならない。山菜も採りに行き調理をし、よき夫を演じねばならない。そして、審判をして、これまでお世話になってきた方々への恩返しをすべきだ。という構図にハマってしまっていることに気付いた。
「大丈夫?」と聞かれたりもします。「全然!」と強がってみせるけど、まあ、確かに結構疲れるわなあ。
そんでちょっと考えてみました。『ねば』と『べき』を秤にかけりゃ、『ねば』の方が少し重たいと思うんですよ。『ねば』は義務で、『べき』は自由意志だ。
だから、理屈から言えば、まずは陸上のボランティアを削減すべきだ(!?)ということになるんだけど、やっていると「そうでもないぞ」。そんなことを再認識させられた1週間になったんです。
サッカーもやるけど陸上もやる競技場(画像はネットより、以下同様)
1つ目の大会は、小規模だったこともあり、同じ部署に就いたY氏と2人で粛々と審判業務をやり遂げた。2人だけだったんだけど、無事にやり切れたことを労いあう。
やり切ったゼ!
ところが、この次からの大会は大規模なんです。とてもじゃないけれど2人だけでは、こなしきれない。そのため、仕事を補助してくれるスタッフが加わった。これで鬼に金棒になるかと言われるとそうでもない。なぜなら、どちらの大会もコロナ禍のために中止が続いて3年ぶりの開催なのだ。そうなると、スタッフ達は運営経験なし。仕事の進め方を手取り足取り教えていく必要が出てくる。それとは別に違う部署からも応援要請が来たりもした。
こんな状況なものだから、今回は、いつもにも増して忙しかったし、かなり頑張りました。
で、本日、全てが終了。どの大会も、途中、天候の急変とか予想外のアクシデントとかもあったけど、うまく工夫して乗り切ることが出来ました。
感想はと言うと、『疲れた』というのが正直なところ。でもですねえ、
なんだか、ほわほわしている
大会運営中、スタッフ達からの感謝の言葉を貰って『ほわほわ』。逆に、感謝するのは、こちら側なんですけど。
そんなことのために仕事しているつもりはないんです
でも、3日間とも一緒に仕事をやり遂げたY氏と、お互いに
「ありがとう。うまくいってよかったね。」
と言葉を交わし合って、また『ほわほわ』。
ああ、頑張って良かった。
この仕事って、義理のため、選手達が気持ちよく記録に挑戦出来るために支えていくボランティアと思っていたんだけど、何のことはない。誰よりも支えられているのは、自分自身だったんですね。
「多少、負担があっても、人が喜ぶことなら、可能な範囲で協力すべきだ。」
そんなことを再認識して、またも『ほわほわ』しているマタギなのでした。
次のボランティアは来週末です。山菜も真っ盛りになるけど、競技会も真っ盛りが続きます。
さあ、今日も旨いもの作って食って、元気出して、『ねば』も『べき』も楽しんでやり切るぞ!
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