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P分署捜査班誘拐/マウリツィオ・デ・ジョバンニ

2022年07月28日 | もう一冊読んでみた
P分署捜査班誘拐 2022.7.28

マウリツィオ・デ・ジョバンニの 『 P分署捜査班誘拐 』 を読みました。

ピッツォファルコーネ署の7人の警官の人生が手に取るよう見事に描かれています。
彼らが抱えている悩みや生きる姿勢が、詩情豊かに語られる素敵なミステリです。
次作が、待ち遠しい。早く、読みた。



 バットマンには超能力がない。だから一番すごいヒーローだ。
 バットマンは、ふつうの人間だ。だけど、勇敢でものすごく頭がいい。空を飛べない? 代わりに、ユーティリティベルトを発明したし、ワイヤーを発射して壁をよじ登る。超高速で走ることができない? 代わりに、もっと速いスピードが出るバットモービルを持っている。バットマンは、ヒーローのなかのヒーローだ。なぜなら、超能力のなかで一番すごい超能力、勇気を持っているからだ。パパみたいにね。


 きみはパパがまだ家に住んでいたときから、パパとママが喧嘩をするようになる前から、ぼくと一緒だ。ぼくは絶対に、きみと離れない。ほんとうだ。あの小さなランプがあるといいのにね、バットマン。この広い場所に、ほんの少し光があればいいのい。
 それに枕もあれば、気持ちがいいのに。
 でも、きっと眠れないだろう。とても、眠れない。真っ暗では、眠れない。
 真っ暗だと、怖い夢を追い払うことができないから。


 ヒーローとは、こうしたものだ。
 ヒーローの正体を知る人はいない。だが、時機が来れば必ず姿を現し、本来の姿になって悪と闘う。ヒーローはすぐそこに、いつもいる。
 絶対に。


 分署の閉鎖も取り沙汰されたが、ピッツォファルコーネ署のろくでなし刑事たちと世間で呼ばれた腐敗警官に代わって、新たに四人が着任した。しかし、汚名は残った。決着がついたあとも、人々は分署や後任の刑事たちに対して蔑称を使い続けている。オッタヴィアはそれに納得がいかなかった。
 新しい捜査班のメンバーはいずれも各人各様の欠点を持ち、市内の分署から放逐された鼻つまみ者だったが、卑屈に蔑称を受け入れるか、反発するかに際して、逆手に取ってプライドの証にすることを選んだ。さらには、各人にあだ名がつけられた。「だってさ、有名人は理由がなんであれ、みんなあだ名があるだろ」とは、アラゴーナの弁である。それを聞いたオッタヴィアは思わず吹き出した。なかなかの名案だ。“おふくろさん”というあだ名は少しくすぐったい気がするが、決して嫌いではない。最初は文句を言おうと思ったが、捜査班の母親役であることは間違いない。オッタヴィアの目を逃れるものはなく、愛すべきコンピューターの奥深くに隠れていても必ず見つけ出すので、捜査班の面々はなにかが必要なときはいつも頼ってくる。母親を頼るのと同じだ。それに、実生活でも母親だ。捜査班の女性で子どもを持っているのは、オッタヴィアしかいない。


 子どもが欲しかったが、医者である妻は仕事に専念することを望んで反対した。こうして妻とのあいだに亀裂が生じ、望んだわけではないが年を経るごとに溝が深まったため、別居を経て離婚が決まったときは互いにせいせいしたくらいだった。
 このときパルマは、客観的に自己を観察した。柔和で感性豊か、情が深い。親兄弟も妻も子もいない。これが運命なのだろう。
 生まれつきリーダーシップがあったので、次第に仕事が家庭の代わりになった。これが周知され、やがて閑静な住宅街にある分署の副署長に任命され、署長が大病を患うと、市警で最年少の事実上の管理職となる栄誉を得た。
 その署長が闘病を理由に職を辞職した際、後釜にはパルマが座るものと本人も周囲も期待してた。部下の大多数はパルマよりも年長であったが、彼の真摯な姿勢と人間性を高く評価していた。だが、浮世とはままならないもので、パルマに勝る肩書と政界の後ろ盾を持った女性がかの街から署長として転任してきたのだった。
 分署を去ろうと決めたのは、怒りや嫉妬が原因ではない。管内を知り尽くした自分がいれば刑事たちはどんなことについても、見ず知らずの新署長ではなく、自分を頼ってくる。それではうまく機能しない。道を譲る必要があった。
 ちょうどそのころ、ピッツォファルコーネ署のろくでなし刑事の件が起き、市警察の評判を地に落とした。朝から晩まで骨身を削って、街路や小路に潜む腐敗や犯罪に立ち向かっている多くの警官と同様に、パルマも心底仰天し、激しい怒りを覚えた。だからこそ、県警本部長が事実上の敗北を認めて、分署の閉鎖を考えていることを知ると、断固反対した。
 そして、分署の指揮を執ることを願い出た。
 衝動的で大きな賭けだった。だが、キャリア----すなわち人生が足踏みしている現状から脱出する機会でもあった。新しい職場、新しい状況。新しいグループ。新しい疑似家族。
 与えられた人材は、書類を見た限りではお先真っ暗だった。違法薬物密売の中心人物として排除された四人のろくでなし刑事の後任は、いずれもほかの分署が嬉々としてお払い箱にしたろくでなし刑事だった。コネで入庁したアラゴーナは無能なうえに傍若無人で騒々しい。つかみどころのないディ・ナルドは前任署内で発砲騒ぎを起こしている。無口なロマーノは怒ると自制を失い、容疑者や同僚の首を絞めた前歴を持つ。では、ロヤコーノは? アーモンド形の目を持ち、中国人と呼ばれるシチリア人警部は? 自らの手で選んだロヤコーノがろくでなしであるはずがない。ロヤコーノの元上司、ディ・ヴィンチェンツォは目の上の瘤がなくなって大喜びしでいる。ロヤコーノが故郷からこの地に転任させられたのは、警察に寝返ったマフィアの一員が彼を内通者と名指ししたためだ。疑惑は立証されなかったものの、警察組織内では断じて許されない汚点がついた。だが、数ヶ月前に市中を恐怖に陥れた連続殺人犯、“クロコダイル”を追うロヤコーノを見たとき、ぜひとも一緒に仕事をしたいと思った。ロヤコーノには優秀な警官に不可欠な才能と怒り、情熱がある。
 厳しい内部監査による粛清を生き延びた残留組のふたりは、重荷どころか大きな財産になった。
 定年間近のピザネッリ副署長はこの管区で生まれ育ち、長年にわたって勤務しているので、管区内のことはなんでも知っている。感情が細やかで正義感が強い。地域に密着した無尽蔵の情報源でもあって、着任して日の浅い身にはありかたかった。自殺を他殺と信じ込んで、連続殺人犯がいると言い張りさえしなければ、完璧だった。
 オッタヴィアについては、初めは捜査班からはずすことを考えたが、やがてなくてはならない存在であることが明らかになった。コンピューターを駆使する聡明な彼女の貢献度は、足を使って捜査をする同僚たちのそれに勝るとも劣らない。オッタヴィアが必要な情報をネットから瞬時に拾いあげてくれなければ、捜査員が苦労して何時間もかけて調べまわらなければならないところだ。
 それに正直なところ、刑事部屋でアラゴーナのたわごとを笑う彼女の声が聞こえてくるとつい胸がときめいた。
 その危うさがわからないほどの青二才ではない。


 カルメンが苦痛に立ち向かおうとしないことが、ジョルジョには意外だった。
 いまや親友となったレオナルド神父は、そうした例は珍しくないと言う。救いようのない苦悩を前にしたときに、人は強さか弱さかのどちらかを示し、早く世を去ることを選ぶ人もいる。己の内側を蝕む悪魔を出し抜いて、定められたときが来る前に光に満ちたあの世へ行くことを選ぶのだ。...........
ふたりは病床のカルメンを通して知り合い、そのときに培われた強い友情はいまだに続いている。カルメンが大量の鎮痛剤を飲んで永遠の眠りにつく前にくれた、最後のプレゼントだった。


 仕事上の関係しかない。パパはそう説明した。でも、ラウラという名前のあの感じの悪い女とちょっと目が合っただけで、心の裡が全部わかった。あたしが出ていけば、あの女は大喜びする。おあいにくさま。出ていくつもりは、さらさらない。
 あの女は以前に訪れたことはないようで、下着や歯ブラシ、生理用品など、存在を物語る痕跡はなかった。女というものは、必ずなにかを残して自分の縄張りをマーキングするけど、なにもない。間に合ってよかった。


 だが、玄関ロビーで、ロヤコーノを待っている人物がいた。
 ロヤコーノの娘マリネッラだ。ほんの小娘だが、目を合わせた瞬間に互いにピンと来た。女というものは、ある種の事柄についてはただちに悟る。


  『 P分署捜査班誘拐/マウリツィオ・デ・ジョバンニ/直良和美訳/創元推理文庫 』


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