■その裁きは死/アンソニー・ホロヴィッツ 2021.1.18
『その裁きは死』 は、面白くないはずがない。
「2021年版 このミステリーがすごい! 海外篇第1位」 なのだから。
ぼくも読んでみた。 面白かった。
このミステリーの面白さは、さておいて、ぼくには登場人物が興味深い。
アンソニー・ホロヴィッツは、毎回好きになれない。性格が暗い。
ホロヴィッツは、相棒、ダニエル・ホーソーンをボロクソ、糞味噌だが実際の人物はともかくとして、読んでいる分には面白い人物だ。 たびたび笑ってしまった。
アキラ・アンノだって、どうしてどうして。 カーラ・グランショーでさえ。 好きにはなれなくとも。
▼こんな情報があった。
ダニエル・ホーソーンという人物は----ありていに言って、一般受けするタイプではないのだ。
自分勝手だし、人の迷惑を顧みない。ホロヴィッツを振り回す様子は、読んでいて時々本気で腹が立つことがある。喫煙マナーを守らず、同性愛嫌悪を隠そうともしないのは二十一世紀のヒーローとしてどうなのか。
何より、その秘密主義。(巻末解説 大矢博子)
私がこのシリーズで最も興味を持っているのは、『その裁きは死』から本格的に始まったホーソーン自身に関する謎解きです。今の彼を作ったモノは何か? なぜ彼はこうも同性愛を嫌悪するのか? なぜ彼は一人暮らしをしているのか? ホーソーンの過去に何が起きたか、私にはすでに考えがありますが、物語の中でそれを明らかになるにはあと八冊を要します。(著者、ロサンゼルス公共図書館のインタビューより)
そこで、今回はどんなことが分かるのか、ホーソーンの登場場面を拾ってみた。
タクシーのドアが開き、男が降り立つ。終戦翌年の扮装をした通行人役を少なからず含む大勢の人間に囲まれ、その視線を一身に浴びているにもかかわらず、男はいっこうに気にする様子はなかった。いかにも自信たっぷり、どこか楽しげにさえ見えるのは、自分の求めるものを手に入れることしか頭になく、そのためにほかの誰がどんな迷惑をこうむろうと頓着しない。自己本位な性格のせいだ。長身というわけでもなく、筋骨たくましいようにも見えないが、いざとなったらけっして喧嘩に負けることはない、そんな雰囲気を漂わせている。茶色とも灰色ともつかない髪はごく短く、とくに耳の周りはきっちりと切りそろえてあった。血色の悪い、どこか不健康そうな顔に、暗い茶色の瞳がいかにも無邪気そうに輝いている。黒っぽいスーツに自いシャツ、細いネクタイは、これといって特徴のない服装をわざと選んでいるのだろう。
靴はぴかぴかに磨きあげられていた。歩き出した男は、明らかにわたしを探している。わたしは胸のうちでつぶやかずにはいられなかった----わたしがここにいることを、どうして知っているのだろう?
その瞳はまるで泥のような色をしているくせに、どうしてこんなにも澄んで無邪気に輝くことができるのか、ただただ驚くほかはない。
もちろん、ホーソーンにもこの事情は伝えてある。だからこそ、この夏ずっと、わたしは電話が鳴るのを待ちながら、同時にこのまま電話が鳴らなければいいのにと願いつづけていた。
ホーソーンはまちがいなく、希有な才能の持ち主だ。前回の事件を、まるで子どもの遊びのように鮮やかに解いてみせた、その手並みはとうてい忘れられない。わたしときたら、すべての手がかりが目の前に提示されていながらも、何ひとつ気づかずに見すごしてしまっていたのだから。とはいえ、人間としては、こんなに癪にさわる相手もいない。むっつりした一匹狼で、自分の伝記ともなる本の書き手となるわたしにさえ、個人的なことは何も話そうとしないのだ。
その態度には、ひかえめに言ってもぎょっとさせられることがしばしばある。のべつまくなしに汚い言葉で毒づき、タバコを吸い、あまつさえわたしを“トニー”呼ばわりするのだ。現実の世界から自分の作品の主人公を好きに選べるものなら、こんな男はけっして選ばないだろうに。
ホーソーンがいきなり何の関係もないように思える質問をぶつけるのには慣れている。けっして、わざと感じが悪い態度をとっているわけではない。感じが悪いのは、この男の地なのだ。
翌日、キングズ・クロス駅での待ちあわせに現れたホーソーンは、あまり機嫌がよろしくなかった----とはいえ、それは何もめずらしいことではない。わたしといっしょにいるときのホーソーンは、よそよそしく感じが悪いか、あるいはあからさまに無礼かの間を行ったり来たりなのだから。長いこと殺人事件の捜査をしていると、殺人者の異常な人格にいささかなりとも染まってしまうところがあるのだろうかと、わたしは折にふれて思うことがあった。手ごわい探偵という役割を----ごっそり持っているらしいダーク・スーツと白いシャツのどれかを身にまとうように----演じているというだけではない、もっと何か深い意味があるのだろうかと、何度となく思いを馳せたこともある。いったいなぜ、ホーソーンはわたしにこんなにも自分のことを語りたがらないのだろう? どんな映画を見たか、誰に会ったか、週末には何をしていたかといった話題はけっして出ることがなく、□にするのはただ、わたしたちを結びつけている目の前の殺人事件のことだけ。いったい、ホーソーンは何を怖れているのだろうか?
事件について何かを見つけたり、気づいたりしたとき、この男はいつだって、それをわざとわたしから隠す。まるである種のゲームでもしているかのように。探偵小説ではありがちな展開だが、そうされるたび、わたしはいつも苛立たずにはいられなかった。だが、だからといって、自分に何ができるわけでもないのはよくわかっている。
よけいな接着剤がはみ出した跡も、まちがった場所についてしまった塗料もなく、まさに完璧な仕上がりだ。きっと何千時間もの余暇を、ここに並んでいる完成品にすべて注ぎこんだにちがいない。ホーソーンが背中を丸めてテーブルに向かい、夜中まで作業に集中している姿が目に見える。そのときだけは外の世界をすべて遮断して、自分ひとりの時間を満喫することができるのだろう。
いつからプラモデル作りをやっているのかと、わたしは尋ねたことがあった。“子どものころの趣味なんだ”----返ってきたのはそんな答えだ。つきあいが長くなるにつれ、ホーソーンは子どものころに何か心に深い傷を負うようなできごとがあり、それがいまの人格を形成したのではないかと、わたしは思うようになりつつある。不用意なゲイ嫌悪や、むらっ気、わたしに対する態度といったことだけを指しているのではない。犯罪を捜査する仕事についたこと、結婚、別居、がらんとした部屋にひとりで住み、プラモデルを作りつづけていること……何もかもが、ひとつのある悲劇的なできごとに衝き動かされての結果だったのではないか、それが起きたのはヨークシャーのどこかで、そのために名前まで変えることになったのではないだろうか、と。
「そんなふうに思う必要はないのよ。ケヴィンはすばらしい息子だもの。父親に似て、男前だしね。あんな息子がいてくれて、わたしは本当に幸せなの」リサは満面の笑みをわたしに向けた。「もちろん、あの子もときどきは落ちこむけれどね。そんなとき、わたしたちは自分に問いかけるの、どうしたらこれを乗りこえられるかって。いい日もあり、つらい日もあり、ってところ。でも、あなたのお友だちのミスター・ホーソーンは、まさに神さまからの贈りものよ。本当にすばらしい人。あの人が現れて以来、わたしたちの生活がどれほどめざましく変わったか、とうてい言葉では説明できないくらい。ケヴィンとは本当に親しい友だちなのよ。ふたりで何時問もいっしょにすごしているんだから」声をひそめる。「あの人がいなかったら、ケヴィンはもう心が折れてしまっていたかもしれないと、わたしはときどき思っているの」
「おれはただ、思考の流れを邪魔されたくないだけなんだ。あんただって、容疑者の前で何か言う時にゃ気をつけないと。そういう相手に、重要なことを洩らしたくはないだろう」
「どちらにしろ、もうすぐ終わるんだ。誰が犯人なのか、ホーソーンにはすでに見えているからね」
はっきりとそう言われたわけではない。だが、わたしにはわかっていた。ホーソーンにはどこか、ひどく野生生物めいたところがある。真実に近づくにつれ、目の色が、坐ったときのたたずまいが、肌の張りが変わってくるのだ。まるで骨をかじる犬のように、あの男は一心不乱に事件に向きあっている。エイドリアン・ロックウッドの事務所を出た後、わたしは何か飲みながらでも話したかったのだが、ホーソーンはもう、家に帰るのが待ちきれない様子だった。
あのテーブルに向かい、犯罪捜査に向けるのと同じ飽くなき貪欲さで、細部にまできっちりと目を配りながらウェストランド・シー・キングを組み立てていく姿が目に浮かぶようだ。
「きみって男は、いったいどこまで人でなしなんだ」わたしのそんな言葉もどこ吹く風と受け流し、ホーソーンはいまだ得意満面だ。「わたしがまちがっていたことを、きみはずっと知っていたんじゃないか。知っていて、グランショー警部にしっぺ返しを食らわすために利用したんだ」
「あんたは喜ぶと思ったんだけどな、相棒。カーラの顔に、生卵をぶつけてやれるんだから。こうなっちや、警視正もさぞかし腹を立てることだろうよ」
「だが、わたしが仕返しされるじゃないか! 警部はきっと、わたしのドラマを----」
「カーラは何もしやしないよ。あれはとことん口だけの人間だからな。信じてくれていい。あんたにはもう、二度と連絡は来ないさ。あいつはこれまでも何度となくへまをやらかしてきたんだ、このちょっとしたやらかしで、ついに首も涼しくなるかもな。言っただろう、あれはうすのろだって! 誰だって知ってる事実だ」
「どんなにうすのろだろうが、わたしほどじゃないさ」落ちこむのも仕方あるまい。栄光の瞬間が幻と消えてしまっただけではないのだ。自分がどこでまちがったのか、わたしにはまだ何も見えていなかった。
『 その裁きは死/アンソニー・ホロヴィッツ/山田蘭/創元推理文庫 』
『その裁きは死』 は、面白くないはずがない。
「2021年版 このミステリーがすごい! 海外篇第1位」 なのだから。
ぼくも読んでみた。 面白かった。
このミステリーの面白さは、さておいて、ぼくには登場人物が興味深い。
アンソニー・ホロヴィッツは、毎回好きになれない。性格が暗い。
ホロヴィッツは、相棒、ダニエル・ホーソーンをボロクソ、糞味噌だが実際の人物はともかくとして、読んでいる分には面白い人物だ。 たびたび笑ってしまった。
アキラ・アンノだって、どうしてどうして。 カーラ・グランショーでさえ。 好きにはなれなくとも。
▼こんな情報があった。
ダニエル・ホーソーンという人物は----ありていに言って、一般受けするタイプではないのだ。
自分勝手だし、人の迷惑を顧みない。ホロヴィッツを振り回す様子は、読んでいて時々本気で腹が立つことがある。喫煙マナーを守らず、同性愛嫌悪を隠そうともしないのは二十一世紀のヒーローとしてどうなのか。
何より、その秘密主義。(巻末解説 大矢博子)
私がこのシリーズで最も興味を持っているのは、『その裁きは死』から本格的に始まったホーソーン自身に関する謎解きです。今の彼を作ったモノは何か? なぜ彼はこうも同性愛を嫌悪するのか? なぜ彼は一人暮らしをしているのか? ホーソーンの過去に何が起きたか、私にはすでに考えがありますが、物語の中でそれを明らかになるにはあと八冊を要します。(著者、ロサンゼルス公共図書館のインタビューより)
そこで、今回はどんなことが分かるのか、ホーソーンの登場場面を拾ってみた。
タクシーのドアが開き、男が降り立つ。終戦翌年の扮装をした通行人役を少なからず含む大勢の人間に囲まれ、その視線を一身に浴びているにもかかわらず、男はいっこうに気にする様子はなかった。いかにも自信たっぷり、どこか楽しげにさえ見えるのは、自分の求めるものを手に入れることしか頭になく、そのためにほかの誰がどんな迷惑をこうむろうと頓着しない。自己本位な性格のせいだ。長身というわけでもなく、筋骨たくましいようにも見えないが、いざとなったらけっして喧嘩に負けることはない、そんな雰囲気を漂わせている。茶色とも灰色ともつかない髪はごく短く、とくに耳の周りはきっちりと切りそろえてあった。血色の悪い、どこか不健康そうな顔に、暗い茶色の瞳がいかにも無邪気そうに輝いている。黒っぽいスーツに自いシャツ、細いネクタイは、これといって特徴のない服装をわざと選んでいるのだろう。
靴はぴかぴかに磨きあげられていた。歩き出した男は、明らかにわたしを探している。わたしは胸のうちでつぶやかずにはいられなかった----わたしがここにいることを、どうして知っているのだろう?
その瞳はまるで泥のような色をしているくせに、どうしてこんなにも澄んで無邪気に輝くことができるのか、ただただ驚くほかはない。
もちろん、ホーソーンにもこの事情は伝えてある。だからこそ、この夏ずっと、わたしは電話が鳴るのを待ちながら、同時にこのまま電話が鳴らなければいいのにと願いつづけていた。
ホーソーンはまちがいなく、希有な才能の持ち主だ。前回の事件を、まるで子どもの遊びのように鮮やかに解いてみせた、その手並みはとうてい忘れられない。わたしときたら、すべての手がかりが目の前に提示されていながらも、何ひとつ気づかずに見すごしてしまっていたのだから。とはいえ、人間としては、こんなに癪にさわる相手もいない。むっつりした一匹狼で、自分の伝記ともなる本の書き手となるわたしにさえ、個人的なことは何も話そうとしないのだ。
その態度には、ひかえめに言ってもぎょっとさせられることがしばしばある。のべつまくなしに汚い言葉で毒づき、タバコを吸い、あまつさえわたしを“トニー”呼ばわりするのだ。現実の世界から自分の作品の主人公を好きに選べるものなら、こんな男はけっして選ばないだろうに。
ホーソーンがいきなり何の関係もないように思える質問をぶつけるのには慣れている。けっして、わざと感じが悪い態度をとっているわけではない。感じが悪いのは、この男の地なのだ。
翌日、キングズ・クロス駅での待ちあわせに現れたホーソーンは、あまり機嫌がよろしくなかった----とはいえ、それは何もめずらしいことではない。わたしといっしょにいるときのホーソーンは、よそよそしく感じが悪いか、あるいはあからさまに無礼かの間を行ったり来たりなのだから。長いこと殺人事件の捜査をしていると、殺人者の異常な人格にいささかなりとも染まってしまうところがあるのだろうかと、わたしは折にふれて思うことがあった。手ごわい探偵という役割を----ごっそり持っているらしいダーク・スーツと白いシャツのどれかを身にまとうように----演じているというだけではない、もっと何か深い意味があるのだろうかと、何度となく思いを馳せたこともある。いったいなぜ、ホーソーンはわたしにこんなにも自分のことを語りたがらないのだろう? どんな映画を見たか、誰に会ったか、週末には何をしていたかといった話題はけっして出ることがなく、□にするのはただ、わたしたちを結びつけている目の前の殺人事件のことだけ。いったい、ホーソーンは何を怖れているのだろうか?
事件について何かを見つけたり、気づいたりしたとき、この男はいつだって、それをわざとわたしから隠す。まるである種のゲームでもしているかのように。探偵小説ではありがちな展開だが、そうされるたび、わたしはいつも苛立たずにはいられなかった。だが、だからといって、自分に何ができるわけでもないのはよくわかっている。
よけいな接着剤がはみ出した跡も、まちがった場所についてしまった塗料もなく、まさに完璧な仕上がりだ。きっと何千時間もの余暇を、ここに並んでいる完成品にすべて注ぎこんだにちがいない。ホーソーンが背中を丸めてテーブルに向かい、夜中まで作業に集中している姿が目に見える。そのときだけは外の世界をすべて遮断して、自分ひとりの時間を満喫することができるのだろう。
いつからプラモデル作りをやっているのかと、わたしは尋ねたことがあった。“子どものころの趣味なんだ”----返ってきたのはそんな答えだ。つきあいが長くなるにつれ、ホーソーンは子どものころに何か心に深い傷を負うようなできごとがあり、それがいまの人格を形成したのではないかと、わたしは思うようになりつつある。不用意なゲイ嫌悪や、むらっ気、わたしに対する態度といったことだけを指しているのではない。犯罪を捜査する仕事についたこと、結婚、別居、がらんとした部屋にひとりで住み、プラモデルを作りつづけていること……何もかもが、ひとつのある悲劇的なできごとに衝き動かされての結果だったのではないか、それが起きたのはヨークシャーのどこかで、そのために名前まで変えることになったのではないだろうか、と。
「そんなふうに思う必要はないのよ。ケヴィンはすばらしい息子だもの。父親に似て、男前だしね。あんな息子がいてくれて、わたしは本当に幸せなの」リサは満面の笑みをわたしに向けた。「もちろん、あの子もときどきは落ちこむけれどね。そんなとき、わたしたちは自分に問いかけるの、どうしたらこれを乗りこえられるかって。いい日もあり、つらい日もあり、ってところ。でも、あなたのお友だちのミスター・ホーソーンは、まさに神さまからの贈りものよ。本当にすばらしい人。あの人が現れて以来、わたしたちの生活がどれほどめざましく変わったか、とうてい言葉では説明できないくらい。ケヴィンとは本当に親しい友だちなのよ。ふたりで何時問もいっしょにすごしているんだから」声をひそめる。「あの人がいなかったら、ケヴィンはもう心が折れてしまっていたかもしれないと、わたしはときどき思っているの」
「おれはただ、思考の流れを邪魔されたくないだけなんだ。あんただって、容疑者の前で何か言う時にゃ気をつけないと。そういう相手に、重要なことを洩らしたくはないだろう」
「どちらにしろ、もうすぐ終わるんだ。誰が犯人なのか、ホーソーンにはすでに見えているからね」
はっきりとそう言われたわけではない。だが、わたしにはわかっていた。ホーソーンにはどこか、ひどく野生生物めいたところがある。真実に近づくにつれ、目の色が、坐ったときのたたずまいが、肌の張りが変わってくるのだ。まるで骨をかじる犬のように、あの男は一心不乱に事件に向きあっている。エイドリアン・ロックウッドの事務所を出た後、わたしは何か飲みながらでも話したかったのだが、ホーソーンはもう、家に帰るのが待ちきれない様子だった。
あのテーブルに向かい、犯罪捜査に向けるのと同じ飽くなき貪欲さで、細部にまできっちりと目を配りながらウェストランド・シー・キングを組み立てていく姿が目に浮かぶようだ。
「きみって男は、いったいどこまで人でなしなんだ」わたしのそんな言葉もどこ吹く風と受け流し、ホーソーンはいまだ得意満面だ。「わたしがまちがっていたことを、きみはずっと知っていたんじゃないか。知っていて、グランショー警部にしっぺ返しを食らわすために利用したんだ」
「あんたは喜ぶと思ったんだけどな、相棒。カーラの顔に、生卵をぶつけてやれるんだから。こうなっちや、警視正もさぞかし腹を立てることだろうよ」
「だが、わたしが仕返しされるじゃないか! 警部はきっと、わたしのドラマを----」
「カーラは何もしやしないよ。あれはとことん口だけの人間だからな。信じてくれていい。あんたにはもう、二度と連絡は来ないさ。あいつはこれまでも何度となくへまをやらかしてきたんだ、このちょっとしたやらかしで、ついに首も涼しくなるかもな。言っただろう、あれはうすのろだって! 誰だって知ってる事実だ」
「どんなにうすのろだろうが、わたしほどじゃないさ」落ちこむのも仕方あるまい。栄光の瞬間が幻と消えてしまっただけではないのだ。自分がどこでまちがったのか、わたしにはまだ何も見えていなかった。
『 その裁きは死/アンソニー・ホロヴィッツ/山田蘭/創元推理文庫 』
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