Blog 81

映画『東京家族』について

写経 43.  『美しく愛(かな)しき日本』 岡野弘彦  (3)

2013年10月13日 | 写経(笑)

 “君は走る。汗まみれになつて駆ける。走ると言つても前後左右にぎつしりゐる連中も懸命に駆けてゐる。大人も子供も老人も何か叫びながら。君は彼らの動きに邪魔され、それでも必死になつて、駅の構内をゆく。汗がしたたる。何しろ八月十五日だから、朝と言つても残暑がきびしい。君は手ぶらだが、背には汚れたリュックサックが一つあつて、荷物がぎつしり詰つてゐる。その重さに堪へながら君は小走りに進み、跳ねるやうにして階段を駆けのぼる。君は長いプラットフォームをばたばたと疾走する。階段に近い車輛はみな満員だ。機関車の次の、先頭の車輛まで汗まみれになつて駆け通しに駆け、端の座席に腰をおろす。君は運がいい。この時節、列車に乗つて腰かけられるなんて、滅多にないことだ。”

                                                  『茶色い戦争ありました』 丸谷才一 「文藝春秋 2012.12月特別号」




  『すばる歌仙』 「こんにやくの巻」  丸谷才一 大岡信 岡野弘彦 (集英社)


こんにやくが恋しくなりぬ天高し  玩亭

 昼寝をさます百舌のさへづり   乙三

雲厚く待ちかね顔に月照つて    信

 赤絵染付まよふ杯          玩

仕分けては親の道具をうりはらひ  乙

 あすは何時に発つか訊きあふ   信

階段の近くで乗ればグリーン車   玩

 富士が見えぬと怒る外人      乙

霊山も塵芥置場(ゴミタメ)と化す登山道  信

 新緑のなか風紀みださむ     玩

干草に忍ぶ睦言こそばゆき     乙

 グアム旅行の旅費ねだられる   信

貰ひぷり横綱なみにあつさりと    玩

 ちやんこの鍋もゐのししの肉    乙

店出れば花札の月われを待つ    信

 背中で見得をするは児来也(ジライヤ)  玩

土に散つてなほすがすがし路地の花 乙

 細き雨浴び立つ孕み鹿      信

知らぬしらぬ春のゆくへも汝(ナ)が齢(トシ)も  玩

 一座にぎはふ孫の秘めごと       乙

屈託のない子と言はれ辞書を引き    信

 汨羅(ベキラ)に身投げした人を識る  玩

はばからず軍歌ながして九段坂   乙

 唱へた日なし教育勅語       信

金次郎は弟ならむ金太郎の     玩

 足柄山を降りて沙汰なき      乙

蕭々とひとすぢ道の葛に雨     信

 あれは熟柿の落ちる音なり    玩

ビンラディンも洞(ホラ)いでて来よ月こよひ  乙

 ほーっほーっと梟のこゑ     信

穴馬に朱線を引いて権(ゴン)の禰宜(ネギ)  玩

 白衣(ビヤクエ)の襟のよごれ気にする  乙

仲人はきまり文句が祝ひなり    信

 永き日かけて手入れせし髭    玩

迷い子もうつとりと立つ花ふぶき  乙

 いづち行かめと霞む浮世や    信 












                興
                り
                ゆ
                く
                日
                本
                に
                生
                き
                て

                百も
                世も
                  よ

                ま
                で
                齢
                た
                も
                た
                む
                 。
                心
                た
                ゆ
                む
                な


























山幸彦たどりてゆきし洋(わた)なかの 潮の遠鳴り 胸をゆりくる

七色の螺鈿(らでん)の湯ぶね。わたつみの姫の湯あみの 黒髪なびく



ましぐらに暗闇坂を駆けくだり 蓮華花田の土に 身を臥す


























君が若き命のはてを見とどけし 千年(ちとせ)の公孫樹(いちやう) いまよみがへる

海やまをかけて誓ひしひたごころ 征夷大将軍の歌 いさぎよし

うなばらの遠(をち)の父島 母の島 沖の小島の 恋しかりけり
                       (実朝 補遺4)





                                                       (以上7首) 『美しく愛しき日本』 岡野弘彦  (角川書店)


















現(うつつ)とも 夢とも知らぬ 世にしあれば ありとてありと頼むべき身か   (鎌倉右大臣)                                                                     

この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 写経 42. 「実朝補遺」 | トップ | 写経 44.  「写経、二題」 »
最新の画像もっと見る

写経(笑)」カテゴリの最新記事