
2021年6月、世界で初めて脳腫瘍を対象とした「がん治療用ウイルス薬」が日本で承認された。人類の「敵」と見なされがちなウイルスを「味方」にするという画期的な発想から生まれた「G47Δ(一般名=テセルパツレブ)」は、標準治療に比べて副作用が少なく、あらゆる固形がんに適用できる。
12/21/2021

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そんな従来のがん治療を根本的に変えうる、全く新しい治療法を確立した臨床医・藤堂具紀先生による『 がん治療革命 ウイルスでがんを治す 』(文藝春秋)から一部抜粋して、新しい治療薬G47Δ(ジー47デルタ)の臨床試験の結果を紹介する。(全2回の1回目/ 後編 を読む)

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腫瘍が完全に消えた!
藤堂具紀先生
患者のEさん(30代)は、第二子を出産されたばかりでした。適格基準に合っているかどうかの診察を受けるために、ご主人に付き添われて初めて外来の診察室にやってきたときは、生まれたばかりの赤ちゃんと幼い男の子を連れていました。
ところが、Eさんは診察室に入るなり、「臨床試験は受けたくない」と言うのです。
思いがけない言葉にご主人は狼狽し、 「僕は君に生きてほしいんだよ。頼むからこの臨床試験を受けてくれ」
と、涙ながらにくどきましたが、Eさんは首を縦に振りません。Eさんはピアノの先生だったのですが、膠芽腫のために片方の手の動きが悪くなり、ピアノを弾くことができなくなっていました。そうした事情もあってか、治療には消極的でした。
臨床試験は、本人の意思に基づいて被験者となった患者さんに対して行なうものなので、私は何も口を挟めません。それからしばらく、私の目の前で、「受けてくれ」「いやよ」の押し問答が続きましたが、ようやくEさんは納得し、適格基準に合っていることが確認されたあと、同意説明などいろいろな手続きを経て病棟に入りました。
G47ΔはEさんに非常によく効きました。一時は完全に腫瘍が消失したのです。
腫瘍はだんだん小さくなっていき…
膠芽腫の治療は、手術後に放射線を照射し、「テモゾロミド」という抗がん剤と、最近は「アバスチン」という脳の腫れを引かせる薬を使う化学療法が一般的です。Eさんは、これらの治療をすべて受けたあと膠芽腫を再発していました。つまり、一般的な治療が何も効かなくなった患者さんでした。
ところが、G47Δを2回投与してから4~5ヵ月たつと、Eさんの腫瘍はだんだん小さくなっていき、ついには完全に消えました。これは明らかに抗がん免疫の作用です。Eさんには、G47Δで抗がん免疫が非常に活発に作用するという身体特性があったのです。腫瘍があったところは、抜けて穴のようになっていました。普通は再発した大きな膠芽腫が消えることはないので、消えたあとがどうなるか、私たちはそれまでそんな事例を見たことがありませんでした。「腫瘍が消えるとこうなるのか」が、よくわかる症例でした。
消えた腫瘍の再々発
結果として、Eさんは、FIH試験を行なった13人の患者さんのなかで、腫瘍が完全に消えた唯一の症例となりました。
一度は完全に腫瘍が消えたEさんでしたが、G47Δの投与から3年以上が過ぎた頃、膠芽腫を再々発してしまいました。
Eさんは抗がん免疫作用が起こりやすい方なので、G47Δをもう一回投与すれば、おそらく再々発した膠芽腫に効果があっただろうと思いますが、この臨床試験のプロトコール上、それはできないことになっていました。
「ウイルス療法はもうできませんが、さらに治療を続けていきましょう」とEさんにお話ししたのですが、臨床試験を渋っていたことからもわかるように、ご本人には当初から、どこか諦めているようなところがあり、「もういいです」というお答えでした。
残念なことに、それからしばらくしてEさんは亡くなりました。
投与後に体内で増える前例のない薬
抗がん剤の臨床試験では、被験者の三例ずつに投与する薬の量を3倍ずつに増やして行なう、「スリー・バイ・スリー(3×3)」と呼ばれる方法をとるのが一般的です。
この臨床試験も、当初の計画では、3例ずつ投与量を増やしていき、安全な量を設定することになっていました。最初の3例は低めのウイルス量から始め、次の3例ではウイルス量を最初の3倍にし、その次の3例ではさらに3倍量にするというやり方です。
しかし、Eさんは低量のG47Δでも腫瘍が消えたため、投与量を3倍ずつに増やしていくことにはあまり意味がないと考えました。
というのも、ウイルス療法薬というのは、投与したあと体内で増えるという前例のない薬であり、しかも体内での増え方には個人差があるからです。
話をわかりやすくするため単純に言えば、投与した1個のウイルスが1個のがん細胞に感染すると、そこからウイルスが100倍に増えて周りの100個のがん細胞に散らばり、そこからまた100倍、100倍と増えていく人もいれば、10倍、10倍、10倍と増えていく人もいます。
仮に、G47Δの投与量を少なめに設定した最初の段階の患者さんが前者のタイプだとしたら、次の段階の患者さんに3倍の量を投与しても、3倍などというのは誤差の範囲になってしまいます。
つまり、ウイルス療法の臨床試験では、通常の臨床試験で行なわれている「スリー・バイ・スリー」の方法がまったく役に立たないということが、実際にこの臨床試験をやってみてわかったわけです。
そこで、独立データモニタリング委員会(※1)での審議の結果、投与量を最初の3倍に増やした段階で、投与量をそれ以上増やしていくのはやめて、1回あたりのウイルス量を10億個とし、これを一定量として2回投与することになりました。
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