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「ここは以前、殺人があった部屋でして」聞いたら知る前の気持ちには戻れない…事故物件に「住みたくない」と思ってしまうワケ

2024年11月24日 03時03分40秒 | 不動産と住環境のこと

「ここは以前、殺人があった部屋でして」聞いたら知る前の気持ちには戻れない…事故物件に「住みたくない」と思ってしまうワケ 



11/13/2024

〈 「先祖のたたりがある」と脅して数百万の壺を買わせ…“霊感商法”を信じてしまう人の心の中では何が起きているのか 〉から続く


 事故物件、あなたは住めますか? どれほど綺麗な部屋であっても、そこが事故物件であると判明した途端、住みたくなくなってしまうという人はかなり多いでしょう。直接的な影響があるわけではないのに、どうしてそう思ってしまうのでしょうか。


 愛知淑徳大学の心理学部教授である久保 (川合) 南海子さんは、自分の認識が世界の見え方に影響を与える「プロジェクション」という心の動きについて指摘します。


 ここでは、そんなプロジェクションについてさまざまな事例を紹介しながら解説していく『 イマジナリー・ネガティブ 認知科学で読み解く「こころ」の闇 』(集英社新書)より一部を抜粋して紹介。事故物件に抵抗感を抱く、その心理学的な理由とは……。(全4回の4回目/ 続きを読む )





© 文春オンライン
◆◆◆


殺人があった部屋には住みたくない
 私にはいわゆる「霊感」というものがないらしく、これまで幽霊のようなものを見たこともなければ、どこかの場所でなんだかゾッとするような感覚をおぼえたこともありません。そんな私でも、住む場所を探している時に「ここは以前、殺人があった部屋でして」と言われたら、どんなに条件が良くて気に入ったとしても、やはりそこで生活することを躊躇してしまうと思います。そしておそらく、たいがいの人は同じように思うのではないでしょうか。


 いまの例のように不動産取引や賃貸借契約の対象となる土地・建物や、アパート・マンションなどのうち、その物件の本体部分もしくは共用部分のいずれかにおいて、なんらかの原因で前居住者がいわゆる「悲惨な死に方」をした経歴のあるものを「事故物件」といいます。



 不動産を含む売買契約に関する民法では、業者には「契約不適合責任」があります。売主や貸主には物件の欠陥を担保する責任があると定められており、事故物件は「心理的瑕疵(欠陥)」に相当するとされています。


 2021年10月、国土交通省は「宅地建物取引業者による人の死の告知に関するガイドライン」で、いわゆる事故物件について、不動産業者が入居予定者らに伝えるべきかどうかの指針案をはじめてまとめました。告知が必要でない事案は、病死、自然死、日常生活にともなう事故死です。告知すべき事案は、他殺、自殺、階段からの転落や入浴中の転倒・不慮の事故(食べ物を喉に詰まらせるなど)以外の事故死、事故死か自然死か不明なばあい、長期間放置され臭いや虫が発生するなどしたばあいとなっています。


自分に関係ない殺人や事故のことが気になるのはなぜ?
 このガイドラインを読むと、心理的瑕疵とされる事故物件の「心理的」の部分がいずれもプロジェクションによるものであることに気づかされます。事故物件の部屋はきれいにリフォームされているはずですから、見たところではもちろん殺人や事故の痕跡など跡形もなく、説明されなければまったくわかりません。けれど、一度でも事情を知ってしまったら、もう知る前の気持ちには戻れないのです。


 動物がある場所や物を回避するばあいは、それがその動物にとって危険であるからです。ところが事故物件のばあい、自分はそこでの事故や事件にはまったく関係ないのですから、物理的にはもちろん、人間関係的にも事故物件を回避する理由はありません。しかし、ふだんは幽霊や死者の怨念などを信じていなくても、「悲惨な死に方」をした人が最後にいた場所で、毎日暮らしていくのはなんだか嫌なのです。そこには、うまく説明はできないながら、悲惨な死への漠然とした忌避感がプロジェクションされています。



 この部屋に住んでいたら、なにか不可解な現象が起こって怖い目にあうのではないか、死者の霊が見えてしまうのではないか、自分のこころや身体になにか不調が起こるのではないか、考えだしたらキリがありません。それはなんの根拠もなく、合理的な説明でもなく、そんな経験をこれまでにしたわけでもないのですが、場所と事情を起点にして私たちの想像力は無限に広がっていきます。


 プロジェクションは表象と対象が必要なこころの働きですから、事故物件という場所(対象)と悲惨な死という事情(表象)がそろったことで、止めようとしても自動的にプロジェクションがなされてしまい、悲惨な死への漠然とした忌避感がさまざまな具体例として顕在化したといえるでしょう。


 悲惨な死への漠然とした忌避感や恐れが事故物件という部屋と結びついたなら、死者の生命感(これは大いなる矛盾であり、非合理的だからこそ不気味なのですが)を事故物件の部屋で感じてしまうともいえます。


 部屋にまつわる事情を知ったことで、ドアがうまく閉まらないとか湿気がたまってカビ臭いなど、住居としての物理的な不具合について、「もしかしたら死者の怨念が…?」というアブダクション(編注:説明のつかない問題について、仮説を立てて考えることで新たな結論を導きだす推論法)で推論することによって、部屋に霊の存在をプロジェクションしてしまうのです。


 ふだんは霊など信じていないような人でも、事故物件となるとあまり気持ちが良いものではないと思うのも無理はありません。私たちは案外、ちょっとした情報ひとつから、手軽に幽霊を出現させてしまうのです。


殺人犯が着ていた服は洗っても着たくない
 環境に対する清潔感や嫌悪感の感覚には、かなり個人差があるといえます。自宅以外の洋式トイレでは、誰が座ったかわからない便座に自分も直に座るわけですが、まあそういわれてみればそうだけどあまり気にならないという人もいれば、それがどうしてもできないという人もいます。


 洋式トイレの例は、自分が対象に物理的な接触があるばあいですが、物理的な基盤を持たなくても性質や価値が事物に伝わるとする信念を「魔術的伝染(magical contagion)」といいます。魔術的伝染は、原始宗教や儀礼に関する文化人類学の分野で最初に注目されましたが、近年では認知科学や発達心理学でも研究されるテーマになっています。



 たとえば、有名な歌手がライブで着用していた服がオークションにかけられ、高値で取引されるのは魔術的伝染によるものです。このような魔術的伝染には、ポジティブな伝染とネガティブな伝染があります。有名な歌手の服のような例は、ポジティブな伝染のひとつで「セレブリティ伝染」といいます。


 セレブリティ伝染では、有名な歌手の価値が服という事物に伝わっていると考えているからこそ、物理的な服としての価値以上の意味がそこに見いだされているわけです。これはまさに、プロジェクション以外のなにものでもありません。


 セレブリティ伝染は、子どもにも見られます。発達心理学のポール・ブルーム先生らは、イギリスの6歳児を対象に同じおもちゃを見せて、片方はエリザベス二世がかつて所有していたもの、もう片方はそのコピーだと説明しました。すると子どもたちは、まったく同じおもちゃであるにもかかわらず、コピーよりもエリザベス二世がかつて所有していたほうを高い価値があると判断しました。


 おもしろいことに、この傾向は幼い頃に毛布やぬいぐるみなどの愛着対象を持っていた子どもでより顕著に見られました。このことから、自分の内的世界を外部の対象に投射するプロジェクションの働きの強さが、魔術的伝染の傾向と関連していることがわかります。


「床に落とされた(かもしれない)クッキーは見たところ汚れてはいないけれど、汚れている(ような気がする)から食べたくない」と思うのは、ネガティブな魔術的伝染によって形成された表象がプロジェクションされた結果であるといえます。


 このように、ネガティブな性質が伝わるばあいには「汚染(contamination)」という用語が使われます。ネガティブな伝染は、セレブリティ伝染のようなポジティブなものに比べて伝染力が強く、効果も長く続きます。


 ネガティブな性質が伝わるばあいとしては、たとえば、殺人者が着ていたセーターは、それがもし完璧にクリーニングされていたとしても、手を通したくないという忌避がとても強いことがわかっています。


 先ほどの事故物件へ感じる恐怖や嫌悪も、まさにネガティブな魔術的伝染であるといえます。事故物件の問題は、部屋がすっかりリフォームされていても、悲惨な死に関する性質や価値が部屋という事物に伝わるという信念が関係しているからです。


(久保(川合) 南海子/Webオリジナル(外部転載))





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