山門を潜ると、緩やかな階段に紅葉の若木が植えられている、登り切った中門の向こうにやはり紅葉と本堂がみられる。
寛文元年(1661年)尾張二代藩主「徳川光友」が生母「乾の方」の菩提を弔うため、此処に諸堂宇を整えたと・・・・・。
秋には紅葉が見事な処に違いなく、樹々と竹林が鬱蒼と囲む「大森寺ーだいしんじ」です。
此処で「大森」の最後とします。
山門を潜ると、緩やかな階段に紅葉の若木が植えられている、登り切った中門の向こうにやはり紅葉と本堂がみられる。
寛文元年(1661年)尾張二代藩主「徳川光友」が生母「乾の方」の菩提を弔うため、此処に諸堂宇を整えたと・・・・・。
秋には紅葉が見事な処に違いなく、樹々と竹林が鬱蒼と囲む「大森寺ーだいしんじ」です。
此処で「大森」の最後とします。