真浄房暫作天狗事
近來鳥羽の僧正とてやむ事なき人をはしけり。其弟
子にて年來同宿したりける僧あり。名をば真浄房
とぞ云ける。往生を願心深くして師の僧正に聞へけ
る樣月日にそへて後世のをそろしく侍れば、修学の道
をすて、偏に念佛をいとなまむと思ひ侍べるに、折よく
法勝寺の三昧あきて侍り彼に申成給へ身を非人
に成て彼三昧の事に命を續て後世をとり侍
らんと聞ければ、かく思ひ取いる哀也とて則申成れに
けり。其後本意の如くのどかに三昧僧坊に居てひま
なく念佛して日月を送る。隣の坊に叡泉坊と
云僧同く後世を思へるにとりて其勤異也。彼は地
蔵を本尊としてさま/"\に行ぬ。諸々のかつたいをあはれみ
て朝夕物をとらず。真浄房が方には阿弥陀を憑み
奉てひまなく名号をとなへ極樂を願ふ。是又乞食
をあはれみければ、さま/"\の乞食どもきをひ集る。二人の道
心者はまちかく垣を一へだてたれども、各習ひにければ、
かつたいもこなたへ影さゝず。乞食も隣へ望む事なし。
かゝる程に彼僧正病を受てかぎりに成給へる由を
聞て、真浄房訪にまうでたりけり。事の外によはく成て
臥給へる處によひ入て、年來むつましふ思ならばせるを、此
二三年うと/\しく成だに戀しく覚へつるに、今長く別なむ
とす。今日やかぎりならむと云もやらずなかれければ、真浄房
いと哀に覚へて涙をおさへて、さな覚しめしぞ今日こそ
別れ奉るとも後世には必ずあひてつかふまつるべき也と
聞ゆ。かく同心に思けるこそいとゞうれしけれとて、即給ぬ
ればなく/\歸ぬ。其後程なく僧正かくれ給にけり。かく
て年來ふる程に隣の叡泉房心地なやましくて、廿四
日の暁に地蔵の御名を唱て、いと目出度をわり
ぬれば見聞の人貴みあへり。此真浄房をとらぬ後世
者なりければ、必往生人なりと定る程に、ふたとせばかり有
ていと心ず物ぐるはしき樣なる病をしてかくれにけり。
あたりの人あやしく本意なき事に思つゝ年月をおくる
程に、老たる母のをくれゐてなげきけるが、又物めかしき事
ども有けるを、したしき人とも集てもてさはぐ程に、此
母が云樣我はことなる物のけに非ず。うせにし真浄房
がまうで來也。我ありさまを誰も心ゑがたく思はれた
れば、且は其事をも聞へんと也。偏に名利をすてゝ
後世の勤より外にいとなみ無しかば生死にとゞまる
べき身にては無を、我師の僧正の別をおしみ給し
時、後世には必ず参合て随ひ奉らむと聞えたりし事
を今券契の如くしてさこそ云しがとて、いかにもいとま
を給せぬによりて、思はぬ道に引入られ侍る也。偏に
佛の如く憑み奉りしまゝに、由なき事を申てかく
思の外なる事こそ侍つれ。但天狗と申事はある事也。
來年六年に満なんとす。彼月めにかまへて此道を出
て極樂へ詣はやと思給へるに、必さはりなく苦患まぬか
るべき樣に訪ひ給へ。さても世に侍べりし時本意の如
くをくれ奉るならば、母の御ため善知識となりて
後世を訪ひ奉らむ。若又思の外に先立参らせば、引
摂し奉らんとこそ願侍べりしか。思はざるに今かゝる身と
成てちかづきまうでくるに付ても、なやまし奉るべしとは云
もやらず、さめ/"\と泣く。聞人さながら涙を流て哀み
あへり。とばかりのどかに物がたりしつゝ、あくび度々してれい
さまに成にければ、佛經なんど心の及ぶ程かき供養し
けり。かゝる程に年もかへりぬ。其冬に成て又其母
わづらふ。とかく云あひだに母が云樣、誰々もさばかり有し
真浄房が又まうで來たるぞ。其故は真心に後世訪ひ
給へるうれしさも聞へんと思給ふ上に、暁すでに得脱
し侍べり。いかんとなれば其しるし見せ奉らんため也。日比我
身のくさくけがららはしき香かき給へとて、いきをためて吹
出したるに一家の内くさくてたへ忍ぶべくも非ず。さて
夜もすがら物がたりして、暁に及て唯今ぞ、既に不浄
身を改めて極樂へ詣侍べるとて又いきをしたりけれ
ば、其度は香ばしく家の内かほりみちたりけり。其を
聞人たとひ行德髙き人なりとも必是に値遇せんと
云ふちかひをば起すまじかりけり。彼は取はづして悪き
道に入たれば、あへなくかゝるわざなりとぞ云ひける。
※鳥羽の僧正 覚猷。園城寺長吏、天台座主など。鳥獣戯画の作者に擬せられるなど、絵画に堪能だった。
※真浄房 伝不詳
※法勝寺 白河にある六勝寺の一つ。白河院の勅願寺。
※叡泉房 伝不詳
※廿四日 地蔵菩薩の縁日
※引摂 引導摂取の略