新古今和歌集の部屋

長明発心集 第二 舎衛国老翁宿善を顕はさざる事

 

 

 

 

舎衛國老翁不顯宿善事

昔釈迦如来舎衛國にをはしましゝ時、阿難尊者と申

す御弟子を具し給ひて城の邊を出給にあやしけ

なりける翁女と二人具て道にて逢たてまつる。ともに頭の

かみ白く面のしはたゝみて骨と皮とくろみをとろへた

り。身にはきたなげなる物をわづかに結び集めつゝきたれ

ど、はだへもかくれず。聊あゆみにては大にあへたきひまなく息む。佛

此を御覧じて阿難これは見るや。此翁大なる宿善あり。

年はじめて盛なりし時つとめ行ひて此世をらましかば、舎

衛國の第一の長者とは成なまし。出離の為につとめましかば、

三明六通の羅漢とは成なまし。次さかりなりし時つとめましか

ば、第二の長者となり。得脱を思はゞ阿那含の聖とは成

なまし。次さかりなりし時つとめましかば、第三の長者となり、

證果を志ば斯陀含の聖とはなりなまし。愚にものうくして

其盛をすぐして宿善を持ながら願ざりし故に、今つたなき

身として、受がたき人界の生を空すごしつる也と仰

られき。我たま/\法華經に値たてまつり、弥陀佛の悲願を

聞ながら、つとめ行ずして徒にあたら月日をすごす。露もたが

はず乞者のをきな也。

 

※舎衛国 古代インドのコーサラの国。シュラーヴァスティーの音写。祇園精舎があった。

※阿難尊者 阿難陀。アーナンダの音写。釈迦の側に仕えて、身の回りの世話をしたので、多くの説法を聞き、多聞第一と言われた。仏典の如是我聞は、阿難陀の詞。

※宿善 前世に積んだ善根。

※三明六通 並外れた能力。宿命通、天眼通、漏尽通の三明と神境通、天耳通、他心通の合せた六通をいう。

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