新古今和歌集の部屋

子供の手招きの怪

こんな話がある。

昔々、桃薗と言うのは今の世尊寺の事を云うんじゃ。元々は寺でもなく、時に西宮の左大臣源高明様がお住まいになっておったんじゃ。

その時に寝殿の南東の母屋の柱に木の節の穴が開いておった。夜になると、その木の節穴から小さな子供の手が出て、人を招く事があったんじゃ。
大臣はこれを聞いて、大変不思議で怪しみ驚いて、その穴の上に経典を結い付け奉ったけれども、なお人を手招くので、仏画を懸け奉ったけれども、招く事が止まらなかった。この様にしても未だ止まらなかったんじゃ。二三夜をおいて夜半ばかりの人の皆寝静まる頃に必ず手招きしたんじゃ。
そうしている間に、ある人が又試してみようと、弓矢を一本その穴に差し入れたところ、その弓矢が指してある間は手招きする事が無かったので、その後は矢柄を抜いて弓矢の限りを穴に深く打入れたところ、それより後は手招きする事が絶えたんじゃ。
これを思うに、合点がいかぬ事じゃ。普通は、何かの霊などの仕業に違いない。それなのに、弓矢の効力が、まさに仏経に勝り奉りて、強いと言うのか。そう言う事なので、その当時の人皆これを聞いて、大変怪しんみ疑ったと語り伝えたそうじゃ。

今昔物語集 巻第二十七
桃薗柱穴指出児手招人語第三

今昔、桃薗ト云ハ今ノ世尊寺也。本ハ寺ニモ无クテ有ケル時ニ、西ノ宮ノ左ノ大臣ナム住給ケル。其ノ時ニ寝殿ノ辰巳ノ母屋ノ柱ニ、木ノ節ノ穴開タリケリ。夜ニ成レバ、其ノ木ノ節ノ穴ヨリ小サキ児ノ手ヲ指出テ、人ヲ招ク事ナム有ケル。大臣此レヲ聞給テ、糸奇異ク恠ビ驚テ、其ノ穴ノ上ニ経ヲ結付奉タリケレドモ尚招ケレバ、佛ヲ懸奉タリケレドモ招ク事尚不止ザリケリ。此ク樣ニスレドモ敢テ不止ラズ、二夜三夜ヲ隔テ、夜半許ニ、人ノ皆寝ヌル程ニ必ズ招ク也ケリ。而ル間、或ル人亦試ムト思テ、征箭ヲ一筋其ノ穴ニ指入タリケレバ、其ノ征箭ノ有ケル限ハ招ク事无カリケレバ、其ノ後箭柄ヲバ抜テ、征箭ノ身ノ限ヲ、穴ニ深ク打入レタリケレバ、其ヨリ後ハ招ク事絶ニケリ。此レヲ思フニ、心不得ヌ事也。定メテ者ノ霊ナドノ為ル事ニコソハ有ケメ、其レニ、征箭ノ験、當ニ佛経ニ増リ奉テ恐ムヤハ。然レバ、其ノ時ノ人皆此レヲ聞テ此ナム恠シビ疑ヒケルトナム語リ傳ヘタルトヤ。

普通の怪談話は、原因が想定され、それに有り難い経文や仏像の力で調伏されるか回向により成仏させる。
しかし、この話は現実に目の前で起こった事を伝えている。

貴方はこの話を信じますか?
名前:
コメント:

※文字化け等の原因になりますので顔文字の投稿はお控えください。

コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

 

  • Xでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

最新の画像もっと見る

最近の「平安ミステリー」カテゴリーもっと見る

最近の記事
バックナンバー
人気記事