尾張廼家苞 四之下
千五百番歌合に
摂政
めぐりあはん限りはいつとしらねども月なへだてそよそのうき雲
忘るなよ程は雲ヰになりぬともそら行月の
めぐりあふまで云々。結句は我
ならぬ人にあふたとへなり。五ﾉ句は恋のさはりをたとへ
いふ。他人にあふ事にあらず。うき雲といふも
用ありてきこゆ。うきといふもじは、
うきさはりといふ事。さて四ﾉ句は、こと人にあひて我中
のさはりとなるなどいふ意にて下句の落着はこと人になあ
ひぞといふ意なり。その意はなし。四ﾉ句は当月のうちにはとへといふ事。月光に
月次の月をそへたり。一首の意は、めぐりはん際限は、人の
ゆるさぬ事なれば、きといつあふべしといふ事はなけれども、
よしさはり有とも、當月をへだつるな。必ず必みそかまでには逢べしと也。
我涙もとめて袖にやどれ月さりとて人のかげはみえねど
さりとて人にそはぬものゆゑ。古今。戀すれば我身はかげとなり
けり。さりとて人にそはぬ物ゆゑ。
さりとて人のしらぬ物故。拾遺。遥なるほどにも通ふ心哉さりとて人の
しらぬ物故。此哥此二首によしなし。さりとてと
いふ詞、例をまつ
べきにあらず。 二三の句いうならず。二三の句いと／＼めでたし。此頃は一〃に
姿のかはれるをめでたしとしたる物也。
下句詞めでたし。とある下句は猶尋常也。一首の意、わが涙をもとめ來りて袖の
上に月やどれかし。しかりとて我おもふ人の影のみゆるにはあらねどもと也。
権中納言公經
こひわぶる涙や空にくもるらんひかりもかはるねやの月影
光もとは人の契のかはりたる意をふくめたる也。一首の意、戀わぶる涙に
うもるやらん。ねやの月が
常よりも光が
かはりしと也。光と影とはいかゞ。月影はなほ月のごとし。影とはたゞい
ひなれたるまゝにいへる也。此難は人〃いふ
事なれど、これらを例として、同心をまぬがるゝ
故ありと、さだめまほしきわざなりかし。
通光卿
幾めぐり空行月もへだてきぬ契し中ぞよその浮雲
本歌のごとく、空行月のめぐりあふ迄と契置きしは、よその
契になりて、我との中は隔りて、其月も幾めぐりかへぬれども、
逢事もなしと也。本歌。忘るなよほどは雲ヰにへだつとも空ゆく月のめぐり
あふまで。一首の意は、空行月のめぐりあふ迄わするな
よと契たる中なれども、今はよそのうき雲と隔りて、
幾めぐりも月日をへだてぬる事よとなり。 雲は月を隔てきぬ
の縁也。
通具卿
いま來んと契りし事は夢ながらみし夜にゝたる有明の月
本歌は、今來んといひしばかりに長月の有明の月
をまち出づる哉。云々とよめる
時の意にて、有明の月を待出て見てよめる意也。かやうに見
ざれば初句ﾉ詮なし。本歌は詞をとるもの也。それを詮とて
かくむづかしくとる物にはあらず。 夢ならがら
とは、跡もなく夢のごとくになりぬれどもといふ意也
みし夜とは、あひし夜といふ意なるを夢の縁の詞にて、み
しとはいへる也。一首の意、今来んと契たるし事は夢のやうになりて、
たがひ行事なれども、有明の月がさきにあひし夜ﾆ似
たる故、たの
まるゝと也。
有家朝臣
忘れじといひしばかりの名残とてその夜の月はめぐり來にけり
さするなよ程は雲ヰに云々。此本歌の初句もわするなよ我
も忘れじと互ﾆいへる意こもりたればそれをとりてわすれじ
といひてもたがへる事なし。本歌はかやうにむづかしく取ものﾆあらず。
忘るといひ、月といひ、めぐりといふが本哥
の詞なり。さて忘るなよをわすれじとよめるは、一首の活用にて、いかやうにも
取なす也。一首の意は、月を見て忘れじといひし事のある其なごりなりとて、
かの契し夜の月がめぐり
来たる事よとなり。 二ﾉ句のばかりは月の所へもひゞきて、おのづ
から其夜の月ばかりはといふ意に聞ゆ。
※忘るなよ（めぐりあはん）（忘れじと）
拾遺集 雑歌上
拾遺集 雑歌上
たちばなのたゞもとが人のむすめにしのびて
物いひ侍りけるころ、とほき所にまかり侍り
とて、この女のもとにいひつかはしける
よみ人しらず
よみ人しらず
わするなよほどは雲ゐに成りぬともそら行く月の廻りあふまで
※戀すれば
古今集 恋歌一
題しらず よみ人知らず
恋すれはわか身は影と成りにけりさりとて人にそはぬものゆゑ
※遥なるほどにも
拾遺集 恋歌四
題しらず 伊勢
遥なる程にもかよふ心かなさりとて人のしらぬものゆゑ
※忘るなよ～へだつとも（幾めぐり）
不明。拾遺集歌の誤認か？
※今来んと
古今集恋歌四
題しらず 素性法師
今来むと言ひしばかりに長月の有明の月を待ち出でつるかな
今来むと言ひしばかりに長月の有明の月を待ち出でつるかな
