新古今和歌集の部屋

江戸時代の第一種接近遭遇

ある老人のこんな話がある。

私はこの年になるまで格別の怪異を見たことがありません。ただ一度、不思議な事が御座いました。
早春の六日の夜、ある人の所で謡曲の会が御座いまして、私も行きました。
今年最初の会合と言う事で、お膳が列べられ席が設けられ酒闌に及びまして、真夜中過ぎ頃までになって、各皆様退散となりました。私も小さな庵に帰って戸を叩いたけれども、丑三ツ時を過ぎる頃なので、家の者もいたく寝入っているらしく、出て来るのが遅う御座いました。
暫く戸外たたずんで居る内に、ふと後を見れば、月影さわやかに両側の軒端を照し、見ている間に東側の軒の光が斜めに道路へ指し出る。時期は上旬の月なので、今頃月が出ている訳ではありません。
不思議に思って、道の中央に出て、四方の空を眺めたら、上の町の西側の棟より少し上の方に、火の玉が有って、東の方へゆっくり移動して、凧などが風に漂って行くが如くゆらゆらでした。正にその光だったんです。
暫くしてどこかへか彼の玉が行ったとみえて元の暗闇と成ました。
凡そ天火光り物の類いにはいささか音が有って、その飛び行くスピードも疾い物だと聞いておりましたのに、彼の玉は、ゆっくりとして音もなく、世に云う人魂だろうと思いますが、そうでは無いのは、二、三町の間に光さすものでは有りません。
兎角する間に家の内より戸を開けたので、そのまま不審晴れやらぬながら家の中へ入りました。
その後、一緒に宴会場を出て、途中で別れた人々に、「この様な事が有った。見ましたか?」と尋ねたけれども一人も見てい無いと云うんです。この事今でも理解出来ないのです。


未知との遭遇で、主人公の電力会社従業員が停電の様子を調べに出掛けた時、強烈なライトを浴びるシーンが有る。
人魂の様に弱い光では無く、両側の軒場を照らし、見ている内に影が斜めに道路へ指し出たとある。
これを飛行物体からのサーチライトが差し込んだと言う説明が成り立たないだろうか?
流星であれば一瞬で直線的に流れる。しかし、凧の様に揺らめいたとすれば、現代でもUFOに分類される飛行である。
江戸時代中期の元京都奉行所与力の老人が書き残した物を説明しようとすればUFO第一種接近遭遇以外には無い。

あなたは、この話を信じますか?


翁草     神沢杜口
余此年迄格別の怪異を見ず。一度不審なる事ありき。早春六日の夜或人の許にて謡曲の会有て余も行ぬ。列席酒闌に及び四更の頃に至り各退散す。余も獨庵に帰りて戸を叩けども丑三ツ過る頃なれば内にはいたく寝入ていらへも遅し。暫く戸外彳居る内にふと後を見れば月影さやかに両側の軒端を照し、見るが内に東側の軒の影斜に道路へ指し出る。頃しも上旬の月今頃有べきに非ず。不思議なる儘に道の中央に出て四方の空を眺れば上の町の西側の棟より少し上の方に火の玉有て東の方へ行く事徐にして凧などの風に漂ひ行がごとし。其光りにぞ有ける。須臾にしていづちへか彼玉行とみればもとの常闇(トコヤミ)と成たり。凡天火光り物のたぐひにはいさゝか音有りて其飛び行く事も疾き物なりと聞傳へぬるに彼の玉は徐々として音もなく夜に云ふ人魂ならめと思へどもさ有らんには二三町が間に影さすべくもあらず。
兎角する間に内より戸を明けたるまゝに不審晴やらぬながら内へ入ぬ。
其後右途中にて別れたる人々にかやうの事こそ有つれ。見てしやと尋れども一人も不見と云。此事今に至て解しがたし。

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