なきを樂とす。すべて世の人の住
家を作るならひ、かならずしも身の
ためにはせず。或は妻子眷属の
為につくり或は親昵朋友のために
作る或は主君師匠及財寶馬
牛のためにさへこれを作る。我今身の
為にむすべり。人の為につくらず故
いかんとなれば今の世のならひ、此身の有
様、ともなふべき人もなくた。のむべきや
つこもなし。たとひひろくつくれり共
誰をかやどし誰をかすへん。それ人の友
無きを楽とす。すべて世の人の住家を作るならひ、必ずし
も、身の為にはせず。或は妻子・眷属の為に造り、或は親
昵・朋友の為に造る。或は主君・師匠及び財宝・馬牛の為
にさへ、これを造る。我今、身の為に結べり。人の為に造
らず。故、いかんとなれば、今の世のならひ、この身の有樣、
ともなふべき人もなく、頼むべき奴もなし。例ひ、広く造
れり共、誰をか宿し、誰をかすへん。それ、人の友
※嵯峨本は「馬車」とし、「馬牛」とあるのは天理図書館蔵と名古屋本、兼良本と近衛本は「車馬」となっている。
(参考)前田家本
無きを楽しみとす。すべて世の人のすみかを作るならひ、必ずし
も身のためにせず。或は妻子眷属の為に作り、或は親
昵朋友の為に作る。或は主君師匠、財宝牛馬の為
にさへこれを作る。我今、身の為にむすべり。人の為につく
らざる。故いかにとなれば、今の世のならひ、この身のありさま、
伴ふべき奴もなし。たとひ広く作
れりとも、誰をか宿し、誰をか据ゑん。それ、人の友
(参考)大福光寺本
無キヲタノシミトス。惣テヨノ人ノスミカヲツクルナラヒ必スシ
モ事ノタメニセス。或ハ妻子眷属ノ為ニツクリ或ハ親
昵朋友ノ為ニツクル。或ハ主君師匠ヲヨヒ財宝牛馬ノ為
ニサヘコレヲツクル。ワレ今身ノ為ニムスヘリ。人ノ為ニツク
ラス。ユヘイカントナレハ今ノヨノナラヒ此ノ身ノアリサマ
トモナフヘキ人モナクタノムヘキヤツコモナシ。縦ヒロクツク
レリトモタレヲヤトシタレヲカスヘン。夫人ノトモ
清水にみえし影なわすれぞ
蝉丸翁 會坂蝉丸仁
明天皇時之道人也。
常不剃髪世人号翁
亦仙人とも云也。無名抄
に曰會坂のせきの明神
と申は昔の蝉丸のかのわら
やのあとをうしなはずし
てそこにかみとなりてす
み給ふなるべし。いまも打
すぐるたよりにみれば
むかしふかくさのみかどの
御使とて良岑の定貞
良少将とてかよひけんほ
どのこと迄おもかげにうかびて
いみじくこそ侍れ。
※後撰集館第十二 恋歌四
あひ知りて侍りける人の近江の方へまかりけれは
よみ人しらず
関越えてあはづの森のあはずとも清水に見えし影をわするな
※巻第三とあるのは巻第十二の間違い。「影なわすれぞ」とあるのは「影をわするな」とある。
※蝉丸翁
滋賀県大津市関蝉丸神社上社
滋賀県大津市関蝉丸神社下社