出家
年頃にしやまのふもとに相知りたりけるひじりのもとに走りつき、あかつきがたに及びて、ついに出家を遂げにけり。ほふみやうは西行といふ。また、年頃身近く召し使ひける者、同じくさまを變へにえけり。彼をば、さいぢゆうと付けにけり。次の朝、いほりあたりなるひじりたち集まりて、こはいかに。思はずの御事かな。あさましくも。とて驚きあやしみければ、西行、
受けがたき人の姿に浮かびいでてこりずやたれもまた沈むべき
世を捨つる人はまことに捨つるかは捨てぬ人をぞ捨つるとはいふ
世をいとふ名をだにもまたとめ置きて數ならぬ身の思ひ出にせむ
それなはんぎやうのさんめのたとへにあたりて、早くも世を捨てぬ事、うれしくおぼえ侍る。心をしづめて思へば、たまたま佛法にまうあひ、因果のことわりを知り、幸ひにぜんえんに近づき、ぼだいのめうだうを聞く。
しかるに、いづれのしゆうもがくし、いかなるぎやうをもしゆせずして、じゃやうぢゆうのぶつしやうを具しながら、るてんのまうごふを作り、しゆつりのぜんいんなき事、返す/\も愚かなり。このこんじやういつせのみならず、ごしやうにはいよいよるてんのごふによりて、りくしゆのちまたにめぐり、ししやうのかたちに苦しみ、むぐうのしやうじをうけ、たごふの苦に沈まむ事、あさましかるべし。
まづていはつぜんえの形とならば、かいぎをむねとし、欲を捨て愛を離るべきに、なほ妻子をたいし、さんどくごよくをほしいままにし、五戒十善をも保たず。ここに無常の殺鬼、きせんをえらばず、別離のまごふ、老少を論ぜぬ習ひなれば、事と思ひとたがひ、楽しみと苦しみとともなり。
さればこの時、おんないのきづなを切り、むゐの家に住み、ぞくちんを捨てて、だうもんに入る事、うれしくおぼえて、西山の邊に柴のいほりを結びて住み侍りけり。
さびしさに耐へたる人のまたもあれないほり並べむ冬の山里
身のうさを思ひ知らでややみなましそむく習ひのなき世なりせば
年も暮れぬ。こぞまでは、何となくこうしにつけてあしり事ども思ひいでて、年暮れしその営みはさもあらであらぬさまなる急ぎをぞする
昔思ふ庭にうきぎを積みおきて見しにもあらぬ年の暮かな
※ 受けがたき
1749 第十八 雜歌下
※ 世を捨つる
詞花集 雑下 に西行がよみ人知らずで初めて勅撰された歌
※ 世をいとふ
1828 第十八 雜歌下
※ さびしさに
627 第六 冬歌
※ 身の憂さを
1829 第十八 雜歌下
※ 昔思ふ
697 第六 冬歌