かくてまどひありくほどに登蓮法師人に
すゝめて百首のうたをあつらへけれどい
なび申て熊野へまいるみち紀伊国千里
のはまのあまのとまやにふしたりける夜の
夢に三位入道俊恵など申ていはくむかし
にかはらぬ事は和謌のみちなり。これを
よまぬ事をなげくとみておどろきてよみて
おくりけるにこのうたをかきそへて
つかはしける
すゑの代もこのなさけのみかはらずと
みしゆめなくばよそにかきまし
かくて、惑ひ歩くほどに、登蓮法師、人に勧めて百首の歌をあつらへけれど、
否び申して、熊野へ参る道、紀伊国千里の浜の海人の苫屋に伏したりける夜の
夢に、三位入道俊恵など申して曰く、「むかしに変はらぬ事は、和歌の道なり。
これを詠まぬ事を歎く」と見て、驚きて読みて送りけるに、この歌を書き添え
て、つかはしける。
すゑの代もこの情けのみかはらずと見し夢なくばよそにかきまし
西行物語
登蓮法師、人に勧めて百首の歌をあつらへけれど、否び
申して、熊野へ参る道、紀伊国千里の浜の海人の苫屋に
伏したりける夜の夢に、三位入道俊恵など申して曰く、
「むかしに変はらぬ事は、和歌の道なり。これを詠まぬ事
を歎く」と見て、驚きて読みて送りけるに、この歌を書
き添えて、つかはしける。
すゑの代もこの情けのみかはらずと見し夢なくばよそにかきまし
異本山家集
寂蓮、人人勧めて百首歌よませ侍りけるに、否び侍りて、
熊野に詣でつる道に、何事も衰へゆけど、此道こそ、世
のすゑにかはらぬ物はあれ、なほこの歌よむへきよし、
別当湛快三位俊成に申すと見侍りて、おどろきなから、
此歌を急ぎよみ出して、つかはしける奥に、書き付け侍
りける
すゑの世もこの情のみかはらずと見し夢なくばよそに聞かまし
新古今和歌集巻第十八 雑歌下
寂蓮法師人々勸めて百首歌よませ侍りけるに否び侍りて
熊野に詣でける道にて夢に何事も衰へ行けど此の道こそ
世の末に變らぬ物はあれ猶この歌よむべきよし別當湛快
三位入道俊成に申すと見侍りて驚きながらこの歌を急ぎ
詠み出して遣はしける奧に書きつけて侍りける
末の世もこの情のみ變らずと見し夢なくばよそに聞かまし
読み:すえのよもこのなさけのみかわらずとみしゆめなくばよそにきかまし 定 隠
意味:末世になってもこの和歌の情けのみは劣らず変わらぬと、見た夢が無ければ寂蓮の百首歌の勧めも聞かず無視していたのだろう。
備考:別当湛快は、熊野大社の別当。三位入道俊成は、藤原俊成。定家が撰歌したと言う事で、寂蓮からこの話を聞いていたのであろう。
※千里浜 和歌山県日高郡みなべ町山内の海岸