九十段 あな頼み方
月を見て、それが中にひとり
古今
大かたの月をもめでし是ぞこのつもれば人の老となるもの
八十九
昔いやしいからぬ男、われよりはまさりたり人を思ひかけて年へける。
人しれずわれ恋しなばあぢきなく何れの神になき名おほせん
九十
むかしつれなき人を、いかでと思ひわたりければ哀とや思ひけん。さらば
あす物ごしにてもといへりけるを、かぎりなくうれしく、又うたが
わしかりければ、おもしろかりける桜につけて
桜花けふこそかくも匂ふらめあなたのみがたあすのよのこと
といふ心ばへも有べし。
九十一
むかし月日のゆくをさへ、なげく男、三月の晦日がたに
後撰
おしめども春の限のけふの日の夕ぐれにさへ成にけるかな
九十二
昔恋しさにきつゝかへれど、女にせうそこをだにえせでよめる。
芦べこぐ棚なし小舟いくそたび行かへるらんしる人もなみ
※九十段の「匂ふらめ」は、学習院大学蔵本では「匂ふとも」となっている。
九十三
昔男身はいやしくていとになき人を思ひかけたりけり。すこしたの
みぬべきさまにや有けん。臥て思ひ、ゆきて思ひわびてよめる。
あふな/\思ひすべしなぞへなく高きいやしきくるしかりけり
むかしもかゝる事は世のことはりにや有けん。
九十四
昔男ありけり。いかゞ有けん、その男住ずなりにけり。後に男有
けれど、子ある中なりければ、こまかにこそあらねど、時〃物いひお
こせけり。女がたにゑかく人なりければ、書にやれりけりを、今の男の
物すとて、ひとひ二日をこせざりけり。かの男いとつらく、おのが聞
ゆる事をば、今まで給はねば、ことはりと思へど、なを人をば恨みつ
べき物になん有けるとて、ろうじて読てやれりける。時は秋になん有ける。
秋のよは春日わするゝ物なれや霞に霧やちへまさるらん
となんよめりける。女かへし
千〃の秋ひとつの春にむかはめやもみぢも花もともにこそちれ