隔海路論
或所にて哥合し侍し時海路をへだつる恋といふ
題に(哥はわすれたり)つくしなる人のこひしきよしをよめ
りしにかたへはこれを難ず。さらなり。つくしは
海をへだてたればおもひつゞくるにはあることなれど
かちよりゆく人のためにはもじのせきまでおほく
の山野をすぎてたゞいさゝか海をわたるべけ
れば題のほいもなくすこぶる荒涼なる方もあり。
たとへばみちの国なる人をこふるよしをよみては
この哥ひとつにて野をへだつる恋にも山をへだつ
る題にももしは里をへだて河をへだつるにも
もちゐむとやする。題の哥はさもときこゆるこそ
よけれ。あまりざびろ也。と難ず。或は云哥はさのみ
こそよめ。まさしく海をだにへだてらばかならず
かのいそなる人をこのうみまでみわたすべきこ
とかは。あまりの難なり。とあらそひあへりしをその
座に先達あまた侍しもかた/"\わかれておほきなる
論にてなん侍し。されど心にくき程との人おほくは
難をば今すこしいはれたりとぞ定侍し。