尾張廼家苞 三
雲も別るゝを見て思へるやう、あの雲と契りはせざ
りしかど、一夜は此浦に契とともにあかしぬることよと也。
(雲に契るといふ事すこしいかゞ。契らねどとは、かねて期したる事には
あらねどゝいふ事。三四五一二と次㐧してみるべし。一首の意は、清
見泻、暁の雲の波にわかるゝ時分に起出て、かねてこゝに
旅ねすべしとは思はざりしに、一夜すぐしぬる事と也。)但し一夜
はもろともにあかしぬといふことを、過ぬといへるはたしか
ならず。(相ぶしある哥ともみえざるを、もろともにあかしぬとは、いかなる
事ならん。又一夜あかす事を、一夜は過ぬといひてたしかな
らずとあるも、いか
なる事ならん。 )されどちぎらねどゝいへるにて、然聞え
たり。(契らねどゝいひて然聞ゆる
事も、いかなる事ならん。)
千五百番歌合に
故郷にたのめし人も末の松まつらん袖に浪やこすらん
千五百番歌合に
故郷にたのめし人も末の松まつらん袖に浪やこすらん
下句は、我をまちわびて袖に涙のながるらんといふ
意なり。結句、心やかはりぬらんといふやうニ聞ゆれども、
其意にはあらず。末の松とおけるは、まつらんと詞を重ね
て、浪こすといはん料のみにて、波こすはたゞ涙の流るゝ
をいふなり。浮舟巻に、浪こゆるころともしらで末の松
まつらんとのみおもひける哉。三四の句は、此歌によれゝど意
ことなり。(かくの
如し。)二の句人もといへるもゝじにて、我涙をなが
す事しられたり。(一首の意は、故郷にていつ頃はかへらふとやくそく
した人も、此ごろは涙こぼしてそでぬらすらんと
となり。末のまつ待らんとたゝみたるは、
詞のあやにて、みちのくに旅したる歌也。)
歌合し侍ける時旅の心を 入道前関白太政大臣
歌合し侍ける時旅の心を 入道前関白太政大臣
日をへつゝみやこしのぶの浦さびて波より外の音づれもなし
(信夫の浦みちのくなるべし。うらさびてに心のわびしき事をもたせ
たり。一首の意、月日をへてみやこ恋しくわびしきに、都の人のた
よりもなく、波より外には
音づれもなしとなり。
入道前太政大臣ノ家ノ百首ノ歌に旅の心を
入道前太政大臣ノ家ノ百首ノ歌に旅の心を
俊成卿
難波人芦火たく屋に宿かりてすゞろに袖のしほたるゝ哉
難波人芦火たく屋に宿かりてすゞろに袖のしほたるゝ哉
あし火たく屋にすゝといふ事をよむは萬葉十一になるは人
あし火たく屋にすしたれど、云〃とあるによれり。すゝたるはすゝびたる
事なり。この歌はその煤をすゞろにといひかけたり。
述懐百首哥ニ旅
述懐百首哥ニ旅
世中はうきふししげししの原や旅にしあれば妹ゆめにみゆ
旅のうきに、又妹が夢にみえて、さま/"\うきふしのしげ
きといふ意なるべけれど、四の句のやう其意ニかなひ
がたくや。(旅にしあれば心やすかるべきにといふやう
なる詞づかひなるをとがめられたる也。)されど其意
にあらでは、二の句のしげしといふ事聞えず。(よ、ふし、しげし
篠の縁の詞)
千五百番歌合に 宜秋門院丹後
おぼつかなみやこにすまぬ都鳥ことゝふ人にいかゞこたへし
おぼつかなみやこにすまぬ都鳥ことゝふ人にいかゞこたへし
(伊勢物語に、京にはみえぬなりければ、皆人みしらず渡守にとひけ
れば、これなんみやこどりといふをきゝて、名にしおはゞいざことゝはん
みやこ鳥わがおもふ人はありやなしやと。云〃。
一首の意かくれたる所なし。)
天王寺にまゐりけるに俄に雨降ければ江口に宿を