伊勢物語 九段 東下り
なほ行き/\て、武蔵の国と下総の国との中に、いと大きなる河あり。それをすみだ河といふ。その河のほとりにむれゐて、思ひやればかぎりなく遠くも来にけるかなと、わびあへるに、
渡守、 はや舟に乗れ。日も暮れぬ。といふに、乗りて渡らむとするに、皆人ものわびしくて、京に、思ふ人なきにしもあらず。
さるをりしも、白き鳥の、嘴と脚と赤き、鴫の大きさなる、水の上に遊びつつ魚を食ふ。京には見えぬ鳥なれば、皆人見知らず。渡守に問ひければ、これなむ都鳥といふを聞きて、
名にし負はばいざ言問はむ都鳥
わが思ふ人はありやなしやと
とよめりければ、舟こぞりて泣きにけり。
平成30年10月13日 貮點伍