をのこども詩をつくりて歌に合わせ侍りしに水郷春望
太上天皇御製
見わたせば山本かすむみなせ川ゆうべは秋となにおもひけむ
此集秋清輔の√うす霧のまがきの花の朝じめり秋は
夕と誰かいひけむとある歌よりは、上ノ御句もまさり、又秋は
夕といふは、常のことなるに、夕は秋とあるは、こよなくめづらか也。
摂政家百首歌合に春曙 家隆朝臣
霞たつ末のまつ山ほの/"\と波にはなるゝ横雲のそら
詞めでたし。二三の句はさらなり。霞たつ末といひかけたり。
末の松山を、浪のこゆる物にして、かくよめるなり。かやうの
趣は、此集のころのたくみの過ぎたるなり。霞たつとほの
ぼのとかけ合へり。 一首の意、横雲は、なべて峯に於(オイ)てはな
るゝ物なるに、是は浪の上に於(オイ)てはなるゝにて、上の慈圓大僧正の、霞になび
く烟と同じさま也。歌さまはいとめでたけてど、浪にはなるゝは心ゆかず。
或抄に、末ノ松山は、山ごしに海の見ゆる所なりといひてときたる
は、四の句を心得かねてのしひごとなり。
守覚法親王家五十首歌に 藤原定家朝臣
春の夜の夢のうきはしとだえして峯にわかるゝよこ雲の空
詞めでたし。とだえをいはむために、夢を夢のうき橋
とよみ玉へり。さて夢のとだえと、横雲のわかるゝとをたゝ
かはせたり。三の句の下に、見ればといふ言をそへ、峯にの下に、
ももじをそへて心得べし。又は、橋は峯に縁あれば、
四の句までを浮橋へつけて、横雲のわかるゝをも、すなはち
夢のさむるにしたるにもあらむか。歌さまのめでたきに
あはせては、春の夜の詮なし。夢のとだえに、夜のみじかきこと
を思はせたるべけれど、春のよのみじかきには、中/\に夢は
のこるべき物をや。
大空は梅のにほひに霞つゝくもりもはてぬ春の夜のつき
二三の句は、霞める空に、梅香のみちたるを、かくいひなせる
なり。四の句は、たゞ古歌の趣をとりて、春の月のさま也。
梅のにほひ、かけ合たる詞なき故に、はたらかず。此句をのぞきて、
たゞかすみつゝにても聞ゆればなり。或人の云、√大ぞらは
くもりもはてぬ花の香に梅さく山の月ぞかすめる、などあらま
ほし。