以後、宣孝の足は遠のいた。
源氏物語 真木柱
御火取り召して、いよいよ焚きしめさせ奉り給ふ。自らは、萎えたる御衣ども、うちとけたる御姿、いとど細う、か弱げなり。しめりておはする、 いと心苦し。御目のいたう泣き腫れたるぞ、 少しものしけれど、 いと哀れと見る時は、罪なう思して、
「いかで過ぐしつる年月ぞ」と、「名残なう移ろふ心のいと軽きぞや」とは思ふ/\、なほ心懸想は進みて、空嘆きをうちしつつ、なほ装束し給ひて、小さき火取り取り寄せて、袖に引き入れてしめゐ給へり。
なつかしきほどに萎えたる御装束に、容貌も、 かの並びなき御光にこそ圧さるれど、いとあざやかに男々しき樣して、ただ人と見えず、心恥づかしげなり。侍に、人びと声して、
「雪少し隙あり。夜は更けぬらむかし」など、 さすがにまほにはあらで、そゝのかし聞こえて、声づくりあへり。
中将、木工など、「あはれの世や」などうち嘆きつゝ、語らひて臥したるに、正身は、いみじう思ひしづめて、らうたげに寄り臥し給へりと見る程に、にはかに起き上がりて、大きなる籠の下なりつる火取りを取り寄せて、殿の後ろに寄りて、さと沃かけ給ふほど、人のやゝみあふる程もなう、あさましきに、あきれてものし給ふ。さる細かなる灰の、目鼻にも入りて、おぼほれて物も覚えず。払ひ捨て給へど、立ち満ちたれば、御衣ども脱ぎ給ひつ。うつし心にてかくし給ふぞと思はゞ、またかへりみすべくもあらずあさましけれど、
「 例の御物の怪の、人に疎ませむとするわざ」と、御前なる人々も、いとほしう見奉る。