八雲抄巻第一 正義部
哥合歌 如屏風障子哥同之 ※合→会だが、そのまま合とした。
殊に可去禁忌非云々。哥合少々難は不咎。能々可思惟。君
御運者非可依哥禁忌。但、如然事は、為恠異也。中々上手
中に失はある也。忠岑が於禁中「白雲のおりゐる山と
見えつるはたかねに花や散まがふらむ」とよみてら難。
躬恒げにも非吉事也。俊頼抄曰、「堀川院御宇長忠出
題(夢後郭公)有事。賢子侍所孝云、出題(月暫隠)又有事。
堀川院中宮花合亮仲実が、『たまのみと』のとのとよめる。皆
有失」如此事今古多歟。
同抄云、「根合、周防内侍が、『わがしたもえのけぶりなるらん』
とよめるも有事」云々。されど恋哥には如然、不能憚。只自
然事なり。思は、はゞかりある事にも、無沙汰なる事も
あり、弘徽殿女御の哥合永成法師が君が代は末の松
山はる/"\とよめる。つゞき以外の事なれど、無沙汰に
て、金葉にも入る。如此事も能々可思也。思ひとがむ
れば、成恠異事なり。無何なれば、又無何なる。かま
へて/\哥は先達にみすべき事也。
可憚名所 并詞
是は、名所のはゞかりはなし。只、根源哥のはゞかあれば也。
さがらか山 吉野、立田等名所にもはゞかりある事は、よめどもなべて
なる所をば、とかくいはず。珎敷
名所をばよく/\思ふべし。 神をか山 いぐち山
海やしにする山やしにする。海はしほひて山はかれぬなど
しほひの山 いへる心也。生死無常のたとへなり。
たまのを山 名を思也 鳥部山 しでの山
万葉にたまきわる
うちのおほの とつゞけたり たまなきの里
しまの宮いかにぞや有也。
まなの池 こともはゞかりあるなり。 さくら谷 祓詞有憚
しでのさき わたりがは みつせがは あたら園
月と花とをなどいへるはゞりなけれど
ねのくに あたらよ それは夜也。万葉に新世とかけり。同
さまなれば ことのおこり有憚。禁中
尤可禁之也。 いはしろのむすび松 にては、不可詠。いはしろの
松は無忌。結がはゞ
かりあるなり。 うつせみのよ きなるいづみ
生死 津のくにの
ふたつの海 海也 かすみの谷 あしすだれ ほかはゞかる
納涼躰にもよむ
ならくのそこ 涼しきみち べからず
ふるきふすま ふるきまくら むなしき床
あちすかきたかひこねののみこと
此神は、あめわかひこといふ神の夫なり。あめわか
ひこしにて後、かばねをそらへもて、のぼりにけり。
それに、この神そらにのぼりて、あめわかひこをとぶら
ひ給けるに、あめわかひこのかほかたち、此神にゝ給
ひたりければ、是によりて、あめわかひこのおやた
ち、此神に取かゝりて、我子はまだおはしけり
とてなげきければ、しにたる人にわれをばいか
で見たがふぞといひて、たちをぬきて、もや
をきり給てけり。もやとはしにたる人のあかや也。
恋などにもすこしは、いかにぞや
時うしなへる 今はの空 あれども、それははゞからず。
ながれてのよ はなちどり たれこめて
雪などには、
むなしき煙 霞にのぼる あとたゆる 常の事也。
いきのを たまきはる うはむしろ
是、慎ことば也。但有例
雲がくれ 月日をいむなり すぎにしきみ 仲平云、伊勢に寛
平の御世のすぎにしとい
へり。其は昔有切人の心也。 か樣詞よく/\心えてよむべし。
わが述懐とあらはに見えたる哥なり。恋哥又ことに
よりてはゞからぬ事もあれど、なべては、いかにぞやある
事どもなり。よのみじかきといふ事先例難之。但、可
随事。よはのなどいひては、苦しからず。いかでかよま
ざらん。みじかき夜などゝは、つゞくべからず。承暦哥
合に、「もしほのけぶりたえやらぬらん」、經信禁之。非
深咎歟。可依樣也。堀川院中宮花契遐年上御製、
「ちとせまでをりて見るべき桜花朝光おりにこと」
などよめるは、非禁也。おりてと云があしき也。於禁中
おるといふ事禁之。清輔朝臣引例拾遺哥、折てみる
源廣信
かひもあるかな梅の花 朝臣哥 是、康保三年事なり。尤
可忌云々。但下、折、別事なれど、うちきゝたる同ことなり。
されば、折も可忌歟。但、おるとよまんは、無憚(折心)。おりは
有憚似下詞なり。公忠がおりてかざせるなどいふ樣或
詠之。又可禁之。 抑、うつぶしぞめ つるばみ
しいしば あらはし すみぞめ こけの色など
いふは、出家のもの。又、時にとりてよむべからんにはさら
にをよばず。なにとなくなどは、よむまじき事也。か
樣の事おほけれど、随思出少々をしるす。准之可計。
公宴には、我宿とはよまず。但、天德哥合に朝忠が、わ
がやどの梅がえになくとよめり。自撰なれば、撰は道理
なれど、無沙汰為持。承暦後番、政長「わがやどの花に木
づたふ」とよめり。彼は哥人ならねど、被撰入畢。又、文字
を聲にてよむ事は、なべてはなし。物名は、けふそくな
どもよめり。 哥合ならぬには、あながちに題をみな
つくす事は、なし。如屏風哥は題字多けれども、
よきほどに、はからひてよむ也。いたく心をいれんとす
れば、哥すがたわろき也。さればとて、又つや/\題
をもわすれてよめるも見苦。如此事が哥は大事
なる也。經信、翫池上月といふに、「いはまの水」とよみて
用池。俊頼は、雨後野草に、浅茅生と讀て用野。松な
どいひつれば用山こともあるべし。上東門院、岸菊久
匂といへるには、岸の心はたゞ汀はなどよめり。如此事
不可勝斗。野亭は、すゞのしのやいひつればあり。山家を
軒ばの杦などよめるは、その景気を思ひやるなり。あな
がちに、題をよみいれんとはせず。題を聞て、哥心えぬ
ものゝ落題は、一定ありぬべき事也。能々思ひわくべ
し。於其所本物を置て、こと物をよむをば、或難。
たとへば、ふぢの哥を基俊難ずる躰也。されど常の事歟。
※読めない部分は、国文研鵜飼文庫を参照した。
※白雲 不明。後撰集に白雲のおりゐる山とみえつるはふりつむ雪のきえぬなりけりと上句が同じものがある。
※たまのみと 不明
※わかしたもえの 郁芳門院根合 右 周防掌侍 恋わびてながむる空の浮雲や我が下もえのけぶりなるらむ
※君が代は 弘徽殿女御歌合 九番祝 左持 永成法師 君が代はすゑの松山はるばるとこす白波の霞しられず 判 末のまつと侍る歌の姿はいとをかしう。敷島の山と詞など見え侍れど、をとこ女いかにぞやある、恨歌と覚えて、祝のかたには聞えず覚え侍れば、此も彼も海神方々に高瀬舟さしていづれまさるともましがたく侍れば、これをやぢと定めまし侍らん。金葉集 初度本、二度本、三奏本。
※さがらか山 京都府木津市の相楽山
※神をか山 奈良県神岳山(斑鳩町三室山)
※いぐち山 兵庫県(播磨)の山らしい。
※うちのおほの 万葉集巻第一 4
天皇遊猟内野之時中皇命使間人連老献歌
玉刻春 内乃大野爾 馬数而 朝布麻須等六 其草深野
たまきはる宇智の大野に馬なめて朝ふますらむその草深野
奈良県五条市あたりで欽明天皇が狩をした時の歌
※あちすかきたかひこねのみこと 阿遅鉏高日子根神。下照比売の兄。天若日子に似ていたので、葬儀で父母が生き返ったと泣き、怒った阿遅鉏高日子根神は喪屋を壊してしまった。
※あめわかひこ 天若日子、天稚彦。葦原中国を平定するために高天原から派遣されたが、大国主命の娘下照比売と結婚し、帰って来なかった。そこでキジを派遣し理由を聞こうとしたが、天若日子が射殺してしまい、その矢が高天原まで届き、そのため誓約して下界に投げ、その矢に当たって死んでしまった。
※すぎにしきみ 後撰集巻第六 秋歌上 349法皇、伊勢か家のをみなへしをめしけれはたてまつるをききて 藤原仲平 女郎花折りけん袖のふしごとにすぎにし君を思ひいてやせし
※もしほのけぶり 承暦二年内裏歌合 八番五月雨 右負 為家朝臣 五月雨のひまなきころは伊勢のあまのもしほのけふりたえやしぬらむ
※ちとせまで 千載集巻第十 賀歌 おなじ御時、きさいのみやにて花契遐年といへる心を、うへのをのこともつかうまつりけるに、よませたまうける 堀川院御製 千とせまてをりてみるへきさくら花こすゑはるかにさきそめにけり
※折てみる 拾遺集巻第十六 春歌雑 おなじ御時、梅の花のもとに御いしたてさせ給ひて、花宴させ給ふに、殿上のをのこどもうたつかうまつりけるに 源寛信朝臣 1010折りて見るかひもあるかな梅の花けふ九重の匂ひまさりて
※おりてかざせる 新古今和歌集巻第十六 雑歌上 延長の頃ほひ五位蔵人に侍りけるを離れ侍りて朱雀院承平八年またかへりなりて明くる年の睦月に御遊侍りける日梅の花を折りてよみ侍りける 源公忠朝臣
百敷にかはらぬものは梅の花折りてかざせる匂なりけり
よみ:ももしきにかはらぬものはうめのはなおりてかざせるにおいなりけり 隠 有定隆雅
意味:前天皇の御代から変わっても宮中で変わらないものは、梅の花を折って髪に簪して春を楽しむ雰囲気だな。
備考:延長(923−931)醍醐天皇、朱雀天皇。承平八年(938年)とあるのは、公忠が五位蔵人に再任したのは延長八年で間違い。
※うつぶしぞめ 空五倍子染め 白膠木(ぬるで)(=木の名)の枝や葉に生じる五倍子(ふし)(=虫が寄生してできたこぶ)で薄墨色に染めること。また、それで染めたもの。僧衣や喪服などに用いる。和歌では「俯(うつぶ)す」とかけて用いることが多い。
※つるばみ 橡 ①くぬぎの実。「どんぐり」の古名。②染め色の一つ。①のかさを煮た汁で染めた、濃いねずみ色。上代には身分の低い者の衣服の色として、中古には四位以上の「袍(はう)」の色や喪服の色として用いた。古くは「つるはみ」。
※しいしば 椎柴 ①椎(しい)の木。また、椎の小枝。②喪服の色。喪服。▽椎の樹皮が喪服の染料になるところから。出典新千載集 哀傷「しひしばにかへぬを嘆く涙もて深くぞ袖(そで)の色を染めつる」[訳] 喪服にかえてしまうのを嘆く涙で濃く衣の色を染めてしまったのだ。
※わらはし 不明
※すみぞめ、こけの色 僧服の別名。
※わがやどの梅が枝 天徳四年内裏歌合 三番左勝 朝忠 我が宿の梅が枝に鳴くうぐひすは風のたよりに香をやとめこし
※わがやどの花に 承暦二年四月内裏歌合 三番鴬 左持 刑部卿政長朝臣 年を経て聞けど飽かぬは我が宿の花にこづたふ鴬のこゑ
※いはまの水 金葉集初度本、二度本、三奏本 寛治八年八月十五夜鳥羽殿にて翫池上月といへることをよませたまへる 大納言経信 照る月のいはまの水に宿らずはたまゐる数をいかで知らまし
※浅茅生 金葉集初度本、二度本、三奏本 夏歌 二条関白家の家にて雨後野草といへるをよめる 源俊頼朝臣 この里も夕立しけり浅茅生に露のすがらぬ草の葉もなし
※みきは 不明
※すゞのしのや 仙洞句題五十首 後鳥羽院 220? 寝覚めのみすずのしのやに聞こゆなり月に妻問ふさ牡鹿のこゑ
※軒ばの杦 新古今和歌集巻第六 冬歌 摂政太政大臣大納言に侍りける時山家雪といふ事をよませ侍りけるに 待つ人のふもとの道は絶えぬらむ軒端の杉に雪おもるなり
よみ:まつひとのふもとのみちはたえぬらむのきばのすぎにゆきおもるなり 隠 通隆雅
意味:私が会いたい人が住んでいる麓からの道は埋もれて絶えてしまっただろうか?この山家の庵の軒端に立っている杉に積もる雪は重くなっている。
備考:文治五年藤原良経家十首歌。