恋のうた 殷冨門院大輔
もらさばや思ふ心をさてのみはえぞやましろのゐでのしがらみ
めでたし。 四の句やまじといふには、ぞ°もじてにをは
かなはぬやうなれど、これは山城へいひかけたるなれば、難
ならじ。えもといひてはよはし。
和歌所哥合に忍恋 雅經
きえねたゞしのぶの山のみねの雲かゝる心のあともなき迄
めでたし。 初句は、ひたぶるにおもひ死ねと、うちすてゝ
いふ詞にて、死ねを、雲の縁にてきえねとはいへるなり。さて
かゝる所にいふた°ゞ°は、すべてひたぶるにといふ意にて、俗言
にいッそのことにといふがごとし。 かゝるは、かやうなる
にて、忍びて思ふをいふ。 心の跡もなきまでとは、なき跡
に、執着の念ものこらぬまでに、きえはてよなり。
千五百番哥合に 通光卿
限あればしのぶの山のふもとにも落葉がうへの露ぞ色づく
めでたし。詞めでたし。 初句は、忍ぶも、しのばるゝ
かぎりの有て、つひには忍びはてられぬ物なれば、といふ意に
いへるなり。 麓といへるは、落葉のよせにて、又忍ぶ山を
はなれて、あらはれたる意をもこめたるべし。 さて
梢の紅葉にても、おなじことなるべきに、落葉といへるは、程
をへてはてにはといふ意也。又落葉とのみとてもたりぬ
べきに、露をいへるは、涙の色の、つひには紅になれるよしにて、
涙の色のかはらぬほどは、しのぶれども、紅になりては、え忍び
あへぬ意なり。詞ごとに其意よくかなひて、露ばかりもいたづら
なることのまじらぬ哥也。すべて歌は、かやうにいたづらなる
詞にまじへず、一もじといへどもよしあるやうによむ
べきわざぞかし。
ながめわびそれとはなしに物ぞおもふ雲のはたての夕暮のそら
本歌、√夕暮は雲のはたてに物ぞ思ふ云々。 それとはなし
にとは、本哥のやうに、天つ空なる人をこふとにはあらで
といふ意なり。 或抄に、さしてつらしともうらめし
ともなく、と注せるは、いみじきひがごとなり。
※√夕暮は雲のはたてに~
古今集 恋歌一
題しらず 読人しらず
夕ぐれは雲のはたてに物ぞ思ふあまつそらなる人をこふとて
※或抄に、 不明