むすぼゝれて、ありしにとあらすなり給へる御あり
さまを、おかしうもいとおしうもおぼされてとしこ
ろ思ひきこえしほいなく、√なれまさらぬ御氣色
源廿二才
の、心うきことゝうらみきこえ給ほどに、としも
かへりぬ。ついたちの日はれいのゐんにまいり給て
ぞ、うち春宮゛などにもまいり給。それより大と
のにまかで給へり。おとゞあたらしき年ともい
はず、むかしの御ことどもきこえいで給て、さう/"\し
くかなしとおぼすに、いとかうさへわたり給へるにつ
けて、ねんじかへし給へどたへがたくおぼしたり。
御としのくはゝるけにや、もの/\しきけさへそひ
源
給て、ありしよりけにきよらにみえ給。たち出て
御かたにいり給へれば、人々゛もめづらしうみ奉りて、
夕霧 源心
しのびあへず。わか君み奉り給へば、こよなくおよ
すけて、御わらひがちにおはするもあはれなり。
まみくちつきたゞとうぐうの御おなじさまな
れば、人もこそみ奉りとがむれとみ給。御しつらひ
などもかはらず、御そかけの御さうぞくなど、れい
のやうにしかけられたるに、女のがならばぬこそ、
大宮
なべてさう/"\しくはえるけれ。宮の御せうそこ
にて、けふはいみじく思給へしのぶるを、かくわたらせ給
へるになん。中々などきこえ給ひて、むかしになら
ひ侍にける御よそひも、月ごろはいとゞなみだ
にきりふたがりて、いろあひなく御らんぜら
れ侍るらんと思給ふれど、けふばかりはなを
やつれさせ給へとて、いみじくしつくし給へる
ものども、またかさねてたてまつれたまへり。
かならずけふ奉るべきとおぼしける、御した
かさねは、いろもおりざまもよのつねならす、心
源
ことなるを、かひなくやはとてきかへ給ふ。こ
ざらましかばくちおしうおぼされましと
心ぐるし。御かへりには春やきぬるともまづ
御覧ぜられになん。まいり侍りつれど、思ひ
給へいでらるゝことゞもおほくて、えきこえさせ
侍らず
源
あまたとしけふあらためしいろごろも
きてはなみだぞふるこゝちする。えこそ思給
へしづめねときこえ給へり。御かへり
大宮
あたらしきとしともいはずふるもの
はふりぬる人のなみだなりけり。をろかなる
べきことにぞあらぬや
むすぼほれて、在りしにと非ず成り給へる御有樣を、可笑しうも愛おしうもお
ぼされて、「年頃、思ひ聞こえし本意無く、√馴れまさらぬ御気色の、心憂き
事」と恨み聞こえ給ふ程に、年もかへりぬ。
朔日の日は例の院に參り給ひてぞ、内裏、春宮などにも參り給ふ。それより大
殿にまかで給へり。大臣、新しき年とも言はず、昔の御事共聞こえ出で給ひて、
騒々しく悲しとおぼすに、いとかうさへ渡り給へるに付けて、念じ返し給へど、
耐へ難くおぼしたり。御年の加はるけにや、物々しきけさへ添ひ給ひて、在り
しよりけに、清らに見え給ふ。立ち出て、御方に入り給へれば、人々も珍しう
見奉りて、忍び合へず。若君、見奉り給へば、こよなくおよすけて、御笑ひが
ちにおはするも、哀れなり。目見、口付き、ただ春宮の御同じ樣なれば、人も
こそ、見奉り咎むれと見給ふ。御設ひなども変はらず、御(み)衣掛の御装束
など、例のやうにし掛けられたるに、女のが並ばぬこそ、なべて騒々しく映え
るけれ。
宮の御消息にて、「今日は、いみじく思ひ給へ忍ぶるを、かく渡らせ給へるに
なん。中々」など聞こえ給ひて、「昔に、習ひ侍りにける御装ひも、月頃は、
いとど涙に霧塞がりて、色合ひ無く御覽ぜられ侍るらんと思ひ給ふれど、今日
ばかりは、なをやつれさせ給へ」とて、いみじくし尽くし給へる物共、また重
ねて奉れ給へり。必ず今日奉るべきとおぼしける、御下重ねは、色も織り樣も、
世の常ならず、心殊なるを、甲斐無くやはとて、着替へ給ふ。来(こ)ざらま
しかば、口惜しうおぼされましと心苦し。御返りには、
「春や来ぬる」とも先づ御覧ぜられになん。參り侍りつれど、思ひ給へ出でら
るる事共多くて、え聞こえさせ侍らず。
あまた年今日改めし色衣着ては涙ぞふる心地する
えこそ思ひ給へ静めね。
と聞こえ給へり。御返り、
新しき年とも言はずふるものは古りぬる人の涙なりけり
愚かなるべき事にぞ有らぬや。
和歌
源
あまた年今日改めし色衣着ては涙ぞふる心地する
意味:何年も元旦の日は、美しい晴れ着に着替えておりましたが、今日も着替えて参上しましたが、去年の葵上を思うと、涙が降るばかりです。
備考:古と降るの掛詞。
大宮
新しき年とも言はずふるものは古りぬる人の涙なりけり
意味:新しい年だともしても、ふるものは、老人の涙なのです。
備考:古と降るの掛詞。
引歌
※√馴れまさらぬ
新古今和歌集巻第十一 戀歌一
題しらず 柿本人麿
み狩する狩場の小野のなら柴の馴れはまさらで戀ぞまされる
よみ:みかりするかりばのおののならしばのなれはまさらでこいぞまされる 隠 定隆雅
意味:御狩する帝の狩場の野にある楢の枝ではないが、なかなか逢いに行くことはままならず、恋の思いだけは日に日に増してきます。
備考:狩羽は地名という説もある。楢と馴れの掛詞。恋(木居)は御狩、狩場の縁語。
万葉集巻第十二 3048 寄物陳思 読人不知
御狩為 鴈羽之小野之 櫟柴之 奈礼波不益 恋社益
※春や来ぬる
新しく明くる今年をももとせの春や来ぬると鶯ぞ鳴く
貫之集 源氏釈