すゞりのふたにかうぞあそばされける
郭公花たちばなのかをとめて、なくはむかしの人ぞ恋しき
女ばうたちは二位殿ゑちぜんの三位のうへのやうに、さのみたけう
水の底にもしづみ給はねば、武士のあらけなきにとらはれて
きうりに帰り、老たるもわかきも、或はさまをかへ或はかたちを
やつし、有におあらぬ有さま共にて思ひもかけぬたにの
底、岩のはざまにてぞあかしくらさせ給ひける。すまゐし
宿はみなけぶりと立のぼりにしかば、むなしき跡のみ残つて
しげきのべとなりつゝ、見なれし人のとひくるもなし。せんかよ
り帰りて七せの孫にあひけんも、かくやと覚てあはれなり。
平家物語巻第十二 平家物語灌頂巻
八 女院出家の事
八 女院出家の事
硯の蓋にかうぞ遊ばされける
郭公花橘の香をとめて鳴くは昔の人ぞ恋しき
女房達は、二位殿、越前の三位の上のやうに、さのみたけう水の底にも沈み給はねば、武士の荒けなきに捕らはれて、旧里に帰り、老たるも若きも、或ひは樣を変へ、或ひは容姿をやつし、有るにもあらぬ有樣どもにて思ひも掛けぬ谷の底、岩の狭間にてぞ明かし暮らさせ給ひける。住まゐし宿は、皆煙と立ち上りにしかば、空しき跡のみ残つて、茂き野辺となりつつ、見なれし人の訪ひ來るも無し。仙家より帰りて、七世の孫に逢ひけんも、かくやと覚て哀れなり。
郭公花橘の香をとめて鳴くは昔の人ぞ恋しき
女房達は、二位殿、越前の三位の上のやうに、さのみたけう水の底にも沈み給はねば、武士の荒けなきに捕らはれて、旧里に帰り、老たるも若きも、或ひは樣を変へ、或ひは容姿をやつし、有るにもあらぬ有樣どもにて思ひも掛けぬ谷の底、岩の狭間にてぞ明かし暮らさせ給ひける。住まゐし宿は、皆煙と立ち上りにしかば、空しき跡のみ残つて、茂き野辺となりつつ、見なれし人の訪ひ來るも無し。仙家より帰りて、七世の孫に逢ひけんも、かくやと覚て哀れなり。
※郭公花たちばなのかをとめて
新古今和歌集巻第三 夏歌
題しらず よみ人知らず
郭公はなたちばなの香をとめて鳴くはむかしの人や戀しき
よみ:ほととぎすはなたちばなのかをとめてなくはむかしのひとやこいしき 定隆 隠
意味:ほととぎすよ。花橘の香りを探し求めて鳴くのは、亡くなった人が恋しいからであろう?
備考 古今和歌六帖、和漢朗詠集、平家物語
※二位殿 平時子。平清盛の後妻。建礼門院の母。安徳天皇を抱いて壇之浦で入水。
※越前の三位の上 平通盛の妾、小宰相。一ノ谷の戦いでの通盛の死と小宰相が後を追って入水
※せんかより帰りて~
和漢朗詠集 仙家
謬入仙家雖為半日之客 謬ちて仙家に入りて半日の客となると雖も、
恐歸旧里纔逢七世之孫 恐らくは旧里に帰りて纔(わづ)かに七世の孫に逢はん。
二条院宴落花乱舞衣序 大江朝綱
恐歸旧里纔逢七世之孫 恐らくは旧里に帰りて纔(わづ)かに七世の孫に逢はん。
二条院宴落花乱舞衣序 大江朝綱