なふとおぼすほそろくせりといふ物は、名はに
紫
くけれど、おもしろうふきすまし給へるに、かきあは
はうし
せまだわかけれど、拍子たがはず上゛ずめきたり。お
ほとなぶらまいりて、ゑどもなど御らんずるに、い
源
で給ふべしとありつれば、人々゛こはづくりきこえて、雨
紫
ふり侍ぬべしなどいふに、ひめ君゛れいの心ぼそくて、
くし給へり。ゑもみさして、うつぶしておはすれば、いと
らうたくて、御ぐしのいとめでたくこぼれかゝりたる
源詞
を、かきなでゝ、外なるほどは恋しくやあるとのた
紫 源詞
まへば、うなつき給ふ。我もひとひもみ奉らぬは、いと
くるしうこそ。されどおさなくおはするほどは、心
やすく思ひきこえて、まづくね/\しく、うらむる人の
心やぶらじと思ひて、むつかしければ、しばしかくも
ありくぞ。おとなしくみなして、ほかへもさらに
いくまじ。人のうらみおはじなど思ふも、世になが
うありて、思ふさまにみえ奉らんとおもふぞなど、
紫
こま/“\とかたらひきこえ給へば、さすがにはづかしく
て、ともかくもいらへきこえ給はず。やがて御ひざに
よりかゝりて、ねいり給ひぬれば、いと心ぐるし
うて、こよひはいでずなりぬとのたまへば、みなたち
紫
て、おものなどこなたにまいらせたり。ひめ君゛お
紫
こし奉り給ひて、いでずなりぬときこえ給へば、なぐ
地
さみておき給へり。もろともにものなどまいる。いと
紫
はかなげにすさひて、さらはね給ひねかしと、あや
源詞
うげに思ふ給へれば、かゝるをみすてゝは、いみじきみち
なりとも、をもむきがたく覚え給。かやうにとゞめ
られ給ふおり/\などもおほかるを、をのづからもり
葵 葵詞
きく人、おほいとのにきこえければ、たれならん。いと
めざましきことにもあるかな。いまゝでその人とも
きこえず。さやうにまつはしたはふれなどすら
んは、あてやかに心にくき人にはあらじ。内わたりな
どにて、はかなくみ給けん人を、ものめかし給て、人
やとがめんとかくし給なり。心なげにいはけな
なふとおぼす。保曽呂倶世利(ほそろくせり)と言ふ物は、名は憎くけれ
ど、面白う吹きすまし給へるに、掻き合はせ、未だ若けれど、拍子(はう
し)違はず、上手めきたり。
大殿油(おほとなぶら)参りて、絵共など御覧ずるに、出で給ふべしと、
ありつれば、人々声(こは)づくり聞こえて、「雨降り侍りぬべし」など
言ふに、姫君、例の心細くて、屈し給へり。絵も見さして、うつぶしてお
はすれば、いとらうたくて、御髪のいと愛でたくこぼれ懸りたるを、掻き
撫でて、「外なるほどは恋しくやある」と宣へば、頷き給ふ。「我も一日
(ひとひ)も見奉らぬは、いと苦しうこそ。されど幼くおはするほどは、
心安く思ひ聞こえて、先づくねくねしく、恨むる人の心破らじと思ひて、
難しければ、しばし、かくも歩くぞ。大人しく見なして、他へも更に行く
まじ。人の恨み負はじなど思ふも、世に長うありて、思ふ樣に見え奉らん
と思ふぞ」など、細々と語らひ聞こえ給へば、流石に恥づかしくて、とも
かくも、いらへ聞こえ給はず。やがて、御膝に寄り掛りて、寝入り給ひぬ
れば、いと心苦しうて、「今宵は出でずなりぬ」と宣へば、皆立ちて、御
膳(おもの)など、こなたに参らせたり。姫君、起こし奉り給ひて、「出
でずなりぬ」と聞こえ給へば、慰みて起き給へり。もろともに物など参る。
いとはかなげにすさびて、「さらば寝給ひねかし」と、あやうげに思ふ給
へれば、かかるを見捨てては、いみじき道なりとも、赴き難く、覚え給ふ。
かやうに、止められ給ふ折々なども多かるを、自づから漏り聞く人、大殿
に聞こえければ、「誰ならん。いとめざましき事にもあるかな。今まで、
その人とも聞こえず。さやうにまつはしたはぶれなどすらんは、あてやか
に心憎き人にはあらじ。内わたりなどにて、はかなく見給けん人を、もの
めかし給ひて、人や咎めんと、隠し給ふなり。心なげに、いはけな