百首の哥の中に 式子内親王
跡もなき庭の浅茅にむすぼゝれ露のそこなる松虫の聲
三の句、むすぼゝれてと、て°もじなくて、たゞよはしき心地
す。されど然いひては、いよ/\あし。 松虫を、人まつ意
にとりて、跡もなきといふは、人のこぬよし、むすぼゝれも
思ひむすぼゝるゝよし、露の庭なるも、涙の心あるべし。
題しらず 慈圓大僧正
衣うつ音は枕にすがはらやふしみの夢をいく夜残しつ
音はのは°もじ、枕にといふへあてゝ心得べし。 夢をの
こすは、見はてぬをいふ。
千五百番歌合に 公經卿
衣うつみ山の庵のしば/\もしらぬ夢路に結ぶ手枕
しらぬ夢路とは、はじめの夢は半にさめて、又むすぶには、
其はじめの夢の末は見ず。異事を見て、夢のかはる
をいふ。古き抄に、しらぬ所をも、ゆきみることゝいへるは、此哥に
さらによしなし。又或抄に、しらぬ夢路は、ねぬことなるべし、
といひ、又旅のこゝろ也といへるなど、皆ひがごと也。さて此
哥、庵は、よそにて衣うつ音をきく庵なるに、衣うつ
み山の庵とつゞきたれば、此庵にて衣うつやうに聞えて、
いかゞ。其うへきぬたの音の聞えんは、里こそ似つかはし
けれ。み山の庵はよしなきを、柴といひかけん料に、しひ
てみ山庵といへるもいかゞ。
和哥所歌合に月下擣衣 摂政
里はあれて月やあらぬと恨みてもたれ浅ぢふに衣うつらん
いとめでたし。詞もいとめでたし。二の句は、かの√春や
昔の春ならぬ云々の哥の意にて、昔を忍ぶよし也。
三の句て°も°は、常のてもとは意異にして、も°は輕くそへたる
詞にて、只恨みてといふこと也。此格のも°ゝじ、例有ことなり。
然るを恨みながらもといふ意に註したるは、いみじきひが
ごとなり。 一首の意は、里はあれて、淺茅生になりたる宿
に、月夜にきぬたの音のするを聞て誰ならん、さぞ月や
あらぬ云々、と恨みてぞうつらんと、あはれに思へるなり。
宮内卿
まどろまでながめよとてのすさみ哉麻のさ衣月にうつこゑ
めでたし。すさみとは、何わざにまれ、たしかにふるはしく
物するにはあらで、たゞわざとなく、はかなくするしわざにて、
俗になぐさみごとにするといふ意なり。 一首の意は、月
夜に衣うつ音をきゝて、ねられぬまゝによめる意にて、か
やうにさやかなる月夜に、衣うつことは、たゞ聞人にまどろまで
月をながめよとての、すさみわざこそあれといひなせる也。
書き込み
※跡もなき
人ハコズ庭ノ跡浅茅ガ跡モナキユヱ思ヒムスボゝレテ居ナカテモ◯人チマツト云フ。松虫ハ涙ヲツクシテナリト也
※跡もなきの次、衣うつの前の歌
松風は身にしむばかりふきにけりいまやうつらむいもがさごろも 藤原輔伊朝臣(0475)
※衣うつ音は
音ハ枕ニスルトカケ 伏見ニフシテ見ルト云フ心ヲノベタリ
※衣うつみ山の
ヨソニテ衣ウツ音ノキコユルミ山ノ庵
※里はあれて
昔ノコトイ カ浅茅生ニ埋モレテ衣ウツナラン