だいしらず 俊成卿女
たち花の匂ふあたりのうたゝねは夢も昔の袖の香ぞする
家隆朝臣
ことしより花さきそむる立花のいかで昔の香にほふらん
守覚法親王ノ家ノ五十首ノ哥に 定家朝臣
夕ぐれはいづれの雲のなごりとて花たちばなに風のふくらむ
二三の句は後撰に、√故郷に君はいづらとまちとはばいづれの空の
霞といはまし。又源氏物語夕㒵巻に、√見し人の煙を雲
とながむれば夕の空もむつましきかな。又葵巻に、かくれ玉ひし
葵上の事を、雨となり雲とやなりにけんといひ、其時の哥
にと、√雨となりしぐるゝ空のうき雲をいづれのかたとわきて
ながめむなどあるごとく、なくなりし人のなれる煙の、立のぼりて
雲となれることに、朝雲暮雨の意をもかねていへるなり。されば
いづれの雲とは、昔のいづれの人のなれる雲といふ意なり。さて
風は雲に縁ある物なる故に、その雲の名残とはいへる也。 下句は、詞を
下上にして、風の花たちばなに吹らむといふ意也。 一首の意
は、此夕ぐれの風は、昔のいづれの人のなれる雲の名残にてか、
花たち花には吹らむと、(なり。)たちばなには、むかしのことを
よむならひなればぞ。
摂政ノ家ノ百首ノ歌合に鵜河 寂蓮
うかひぶね高瀬さしこすほどなれやむすぼゝれゆくかゞり火の影
高瀬をさしこすほどは、舩のゆらるゝ故に、かゞりの影もしづか
ならず、むすぼゝれてみゆる也。 四の句ゆくは、むすぼゝれて川を
くだり行也。やうやくにむすぼゝるゝをいふにはあらず。
千五百番ノ歌合に 俊成卿
大井川かゞりさしゆくうかひ舟いくせに夏の夜をあかすらむ
郭公の鳴一聲に明といふばかりみじかき夏のよを、鵜かひ
舩は、おほくの瀬々を經てあかすよしなり。
定家朝臣
久かたの中なる川のうかひぶねいかにちぎりてやみをまつらん
一二の句は、√久かたの中におひたる里なれば云々の意にて、桂川
なり。此川は、月の中なる川にて、その光をのみ頼むと、本歌
によめるに、うかひぶねは、いかなる契にて、闇を待てかふぞと也。
四の句は、俗にいかなる因縁にてといふ意なり。
百首哥奉りし時 摂政
いさり火のむかしの光ほの見えてあしやの里にとぶほたる哉
初二句は、√はるゝ夜の星か河べの蛍かも云々。とよみたりし昔の
ひかりなり。 一首の意は、あしやの里にとぶ蛍の影の、かのむか
しのひかりに思ひよそへらるゝよしなり。