新古今和歌集の部屋

美濃の家づと 一の巻 夏歌5

だいしらず        俊成卿女

たち花の匂ふあたりのうたゝねは夢も昔の袖の香ぞする

             家隆朝臣

ことしより花さきそむる立花のいかで昔の香にほふらん

守覚法親王ノ家ノ五十首ノ哥に 定家朝臣

夕ぐれはいづれの雲のなごりとて花たちばなに風のふくらむ

二三の句は後撰に、√故郷に君はいづらとまちとはばいづれの空の

霞といはまし。又源氏物語夕㒵巻に、√見し人の煙を雲

とながむれば夕の空もむつましきかな。又葵巻に、かくれ玉ひし

葵上の事を、雨となり雲とやなりにけんといひ、其時の哥

にと、√雨となりしぐるゝ空のうき雲をいづれのかたとわきて

ながめむなどあるごとく、なくなりし人のなれる煙の、立のぼりて

雲となれることに、朝雲暮雨の意をもかねていへるなり。されば

いづれの雲とは、昔のいづれの人のなれる雲といふ意なり。さて

風は雲に縁ある物なる故に、その雲の名残とはいへる也。 下句は、詞を

下上にして、風の花たちばなに吹らむといふ意也。 一首の意

は、此夕ぐれの風は、昔のいづれの人のなれる雲の名残にてか、

花たち花には吹らむと、(なり。)たちばなには、むかしのことを

よむならひなればぞ。

摂政ノ家ノ百首ノ歌合に鵜河 寂蓮

うかひぶね高瀬さしこすほどなれやむすぼゝれゆくかゞり火の影

高瀬をさしこすほどは、舩のゆらるゝ故に、かゞりの影もしづか

ならず、むすぼゝれてみゆる也。 四の句ゆくは、むすぼゝれて川を

くだり行也。やうやくにむすぼゝるゝをいふにはあらず。

千五百番ノ歌合に     俊成卿

大井川かゞりさしゆくうかひ舟いくせに夏の夜をあかすらむ

郭公の鳴一聲に明といふばかりみじかき夏のよを、鵜かひ

舩は、おほくの瀬々を經てあかすよしなり。

             定家朝臣

久かたの中なる川のうかひぶねいかにちぎりてやみをまつらん

一二の句は、√久かたの中におひたる里なれば云々の意にて、桂川

なり。此川は、月の中なる川にて、その光をのみ頼むと、本歌

によめるに、うかひぶねは、いかなる契にて、闇を待てかふぞと也。

四の句は、俗にいかなる因縁にてといふ意なり。

百首哥奉りし時      摂政

いさり火のむかしの光ほの見えてあしやの里にとぶほたる哉

初二句は、√はるゝ夜の星か河べの蛍かも云々。とよみたりし昔の

ひかりなり。 一首の意は、あしやの里にとぶ蛍の影の、かのむか

しのひかりに思ひよそへらるゝよしなり。

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