新古今和歌集の部屋

源氏物語 浮舟 蜻蛉 手習 夢浮橋

浮舟
浮舟 未だ古りぬ物には有れと君が為深き心に待つと知らなむ
またふりぬものにはあれときみかためふかきこころにまつとしらなむ

匂宮 長き世を頼めても猶悲しきは只明日しらぬ命なりけり
なかきよをたのめてもなほかなしきはたたあすしらぬいのちなりけり

浮舟 心をば歎かざらまし命のみ定め無き世と思はましかば
こころをはなけかさらましいのちのみさためなきよとおもはましかは

匂宮 世に知らず惑ふべきかな先に立つ涙も道をかき暗しつつ 
よにしらすまとふへきかなさきにたつなみたもみちをかきくらしつつ

浮舟 涙をもほどなき袖に堰きかねて如何に別れを留むべき身ぞ
なみたをもほとなきそてにせきかねていかにわかれをととむへきみそ

薫 宇治橋の長き契りは朽ちせしを危ぶむ方に心騒ぐな
うちはしのなかきちきりはくちせしをあやふむかたにこころさわくな

浮舟 絶え間のみ世には危ふき宇治橋を朽ちせぬ物となほ頼めとや
たえまのみよにはあやふきうちはしをくちせぬものとなほたのめとや

匂宮 年経とも変はらむ物か橘の小島の崎に契る心は
としふともかはらむものかたちはなのこしまのさきにちきるこころは

浮舟 橘の小島の色は変はらしをこの浮舟ぞ行方知られぬ
たちはなのこしまのいろはかはらしをこのうきふねそゆくへしられぬ

匂宮 峰の雪汀の氷踏み分けて君にぞ惑ふ道は惑はず
みねのゆきみきはのこほりふみわけてきみにそまとふみちはまとはす

浮舟 降り乱れ汀に凍る雪よりも中空にてぞ我は消ぬべき
ふりみたれみきはにこほるゆきよりもなかそらにてそわれはけぬへき

匂宮 眺めやる其方の雲も見えぬまで空さへ暮るる頃の侘びしさ
なかめやるそなたのくももみえぬまてそらさへくるるころのわひしさ

薫 水勝る遠の里人如何ならむ晴れぬ長雨にかき暮らす頃
みつまさるをちのさとひといかならむはれぬなかめにかきくらすころ

浮舟 里の名を我が身に知れば山城の宇治のわたりぞいとど住み憂き
さとのなをわかみにしれはやましろのうちのわたりそいととすみうき

浮舟 かき暗し晴れせぬ峰の雨雲に憂きて世をふる身をもなさばや
かきくらしはれせぬみねのあまくもにうきてよをふるみともなさはや

浮舟 徒然と身を知る雨の小止まねば袖さへいとど水嵩勝りて
つれつれとみをしるあめのをやまねはそてさへいととみかさまさりて

薫 波越ゆる頃とも知らず末の松待つらむものと思ひけるかな
なみこゆるころともしらすすゑのまつまつらむものとおもひけるかな

匂宮 何処にか身をば捨てむと白雲の懸からぬ山も泣く泣くぞ行く
いつくにかみをはすてむとしらくものかからぬやまもなくなくそゆく

浮舟 嘆き詫び身をば捨つとも亡き影に浮き名流さむ事をこそ思へ
なけきわひみをはすつともなきかけにうきななかさむことをこそおもへ

浮舟 骸をだに憂き世の中に留めずは何処を墓と君も恨みむ
からをたにうきよのなかにととめすはいつこをはかときみもうらみむ

浮舟 後に又逢ひ見む事を思はなむこの世の夢に心惑はで
のちにまたあひみむことをおもはなむこのよのゆめにこころまとはて

浮舟 鐘の音の絶ゆる響きに音を添へて我が世尽きぬと君に伝へよ
かねのおとのたゆるひひきにねをそへてわかよつきぬときみにつたへよ

蜻蛉

薫 忍び音や君も泣くらむ甲斐も無き死出の田長に心通はば
しのひねやきみもなくらむかひもなきしてのたをさにこころかよはは

匂宮 橘の薫る辺りは時鳥心してこそ鳴くべかりけれ
たちはなのかをるあたりはほとときすこころしてこそなくへかりけれ

薫 我も又憂き古里を荒れ果てば誰宿木の蔭を偲ばむ
われもまたうきふるさとをあれはてはたれやとりきのかけをしのはむ

小宰相の君 哀れ知る心は人に遅れねど数ならぬ身に消えつつぞ経る
あはれしるこころはひとにおくれねとかすならぬみにきえつつそふる

薫 常無しとここら世を見る憂き身だに人の知るまで歎きやはする
つねなしとここらよをみるうきみたにひとのしるまてなけきやはする

薫 荻の葉に露吹き結ぶ秋風も夕べぞ分きて身には滲みける
をきのはにつゆふきむすふあきかせもゆふへそわきてみにはしみける

薫 女郎花乱るる野辺に混じるとも露の徒名を我に懸けめや
をみなへしみたるるのへにましるともつゆのあたなをわれにかけめや

中将の御許 花と言へば名こそ徒なれ女郎花なべての露に乱れやはする
はなといへはなこそあたなれをみなへしなへてのつゆにみたれやはする

弁の御許 旅寝して猶試みよ女郎花盛の色に移り移らず
たひねしてなほこころみよをみなへしさかりのいろにうつりうつらす

薫 宿貸さば一夜は寝なむ大方の花に移らぬ心なりとも
やとかさはひとよはねなむおほかたのはなにうつらぬこころなりとも

薫 有りと見て手には取られず見れば又行方も知らず消えし蜻蛉
ありとみててにはとられすみれはまたゆくへもしらすきえしかけろふ

手習

浮舟 身を投げし涙の川は早き瀬を柵かけて誰か止めし
みをなけしなみたのかはのはやきせをしからみかけてたれかととめし

浮舟 我かくて憂き世の中に廻るとも誰かは知らむ月の都に
われかくてうきよのなかにめくるともたれかはしらむつきのみやこに

元娘婿中将 化野の風に靡くな女郎花我しめ結はむ道遠くとも
あたしののかせになひくなをみなへしわれしめゆはむみちとほくとも

横川僧都妹尼君 移し植ゑて思ひ乱れぬ女郎花憂き世を背く草の庵に
うつしうゑておもひみたれぬをみなへしうきよをそむくくさのいほりに

元娘婿中将 松虫の声を訪ねて来つれどもまた荻原の露に惑ひぬ
まつむしのこゑをたつねてきつれともまたおきはらのつゆにまとひぬ

横川僧都母尼君 秋の野の露分け来たる狩衣葎茂れる宿に託つな
あきのののつゆわけきたるかりころもむくらしけれるやとにかこつな

横川僧都妹尼君 深き夜の露を哀れと見ぬ人や山の端近き宿に泊まらぬ
ふかきよのつきをあはれとみぬひとややまのはちかきやとにとまらぬ

元娘婿中将 山の端に入るまで月を眺め見む閨の板間も験ありやと
やまのはにいるまてつきをなかめみむねやのいたまもしるしありやと

横川僧都妹尼君 忘られぬ昔のことも笛竹の辛き節にも音ぞ泣かれける
わすられぬむかしのこともふえたけのつらきふしにもねそなかれける

横川僧都母尼君 笛の音に昔のことも偲ばれて帰りし程も袖ぞ濡れにし
ふえのねにむかしのこともしのはれてかへりしほともそてそぬれにし

浮舟 儚くて世に古川の憂き瀬には訪ねも行かじ二本の杉
はかなくてよにふるかはのうきせにはたつねもゆかしふたもとのすき

横川僧都妹尼君 古川の杉の本立ち知らねども過ぎにし人に寄そへてぞ見る
ふるかはのすきのもとたちしらねともすきにしひとによそへてそみる

浮舟 心には秋の夕を分かねども眺むる袖に露ぞ乱るる
こころにはあきのゆふへをわかねともなかむるそてにつゆそみたるる

元娘婿中将 山里の秋の夜深き哀れをも物思ふ人は思ひこそ知れ
やまさとのあきのよふかきあはれをもものおもふひとはおもひこそしれ

浮舟 憂き物と思ひも知らで過ぐす身を物思ふ人と人は知りけり
うきものとおもひもしらてすくすみをものおもふひととひとはしりけり

浮舟 亡きものに身をも人をも思ひつつ捨ててし世をぞ更に捨てつる
なきものにみをもひとをもおもひつつすててしよをそさらにすてつる

浮舟 限りぞを思ひなりにし世の中を返す返すも背きぬるかな
かきりそとおもひなりにしよのなかをかへすかへすもそむきぬるかな

元娘婿中将 岸遠く漕ぎ離るらむ海人舟に乗り遅れしと急がるるかな
きしとほくこきはなるらむあまふねにのりおくれしといそかるるかな

浮舟 心こそ憂き世の岸を離るれど行方も知らぬ海人の浮木を
こころこそうきよのきしをはなるれとゆくへもしらぬあまのうききを

横川僧都妹尼君 木枯らしの吹きにし山の麓には立ち隠るべき蔭だにぞ無き
こからしのふきにしやまのふもとにはたちかくるへきかけたにそなき

元娘婿中将 待つ人も有らじと思ふ山里の梢を見つつなほぞ過ぎ憂き
まつひともあらしとおもふやまさとのこすゑをみつつなほそすきうき

元娘婿中将 大方の世を背きける君なれど厭ふに寄せて身こそ辛けれ
おほかたのよをそむきけるきみなれといとふによせてみこそつらけれ

浮舟 かき暗す野山の雪を眺めても降りにし事ぞ今日も悲しき
かきくらすのやまのゆきをなかめてもふりにしことそけふもかなしき

横川僧都妹尼君 山里の雪間の若菜摘みはやし猶生ひ先の頼まるるかな
やまさとのゆきまのわかなつみはやしなほおひさきのたのまるるかな

浮舟 雪深き野辺の若菜も今よりは君が為にぞ年も摘むべき
ゆきふかきのへのわかなもいまよりはきみかためにそとしもつむへき

浮舟 袖触れし人こそ見えね花の香のそれかと匂ふ春の曙
そてふれしひとこそみえねはなのかのそれかとにほふはるのあけほの

薫 見し人は影も留まらぬ水の上に落ち添ふ涙いとど塞き敢へず
みしひとはかけもとまらぬみつのうへにおちそふなみたいととせきあへす

浮舟 尼衣変はれる身にや有りし世の形見に袖を掛けて偲ばむ
あまころもかはれるみにやありしよのかたみにそてをかけてしのはむ

夢浮橋

薫 法の師と訪ぬる道を導にて思はぬ山に踏み惑ふかな
のりのしとたつぬるみちをしるへにておもはぬやまにふみまとふかな

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